2022年5月21日(土)は雨模様のなか、東京・青梅へ。
JR青梅駅のホームには、何ともレトロな木造の待合室。通路の壁面は昔の映画のポスター。駅前の通りにもレトロな建物が並んでいます。
その通りを6分ほど歩いたところに、対照的に近代的な建物が現れました。ネッツたまぐー(文化交流センター)です。
この日13時から多目的ホールで開催されたのは「第1回 食と農の未来を考える〜青梅から〜」と題するイベント。100名以上の方が参加しているようです。
会場脇では、有機野菜の小さなマルシェも。
定刻になり、主催者(青梅の農業を考える会)の柳川貴嗣さんから「まずは知ることが大事、考える機会か必要」との開催趣旨の説明。柳川さんは地元の有機農家で、第2部にはパネリストとしても参加されます。
続いて、鈴木宣弘教授(東京大学大学院)からの基調講演(実は私は、鈴木先生とは農林水産省の同期です。あれから40年!)。
鈴木先生は、この日の講演のために170枚に及ぶスライドを準備されていました。
都市農業や都市住民を意識した内容となっており、別途、参加者には電子ファイルで配布して下さっています。枚数だけではなく、内容も充実した資料です。
冒頭の自己紹介によると、三重県の半農半漁の家の一人息子として生まれ、田んぼの作業やアコヤ貝の掃除などを手伝いつつ育ったとのこと。現在も農協、漁協の組合員だそうです。
ほんわかした話はここまで。
続いた「現在、命を守っていくために何が必要かを、真剣に考えなければならない時代が来ている」との激しい(厳しい)言葉で、空気は一変しました。(以下は講演のごく一部で順不同す。なお、文責は意訳した中田にあります)。
「食料危機はもう始まっている。コロナ禍、中国の大量買い付け、ウクライナ危機、異常気象という『クワトロショック』により、世界で食の争奪戦が激化している。
食料や化学肥料原料の輸入が途絶する事態は、眼前にある。ロシアがウクライナのシードバンク(種子の貯蔵施設)を破壊したとの報道もあった」
「金で買うことを前提とした安全保障は無意味。短期的には高コストであっても国内での食料生産こそが重要。長期的視点が欠けている。不測の事態に国民を守れない国は独立国とは言えない」
「コロナ禍のなかでアメリカ政府は、所得が減った農家に3.3兆円の直接交付を行うとともに、3300億円の食料を買い上げて困窮者を援助した。アメリカの農業予算の60%以上は、SNAPという消費者の食料購入支援に充てられている。
しかし日本政府は何もやっていないどころか、目先の財政支出削減のために米や牛乳の生産削減を行っている。亡国の財政政策こそが最大の国難」
「食料の国際価格が急騰するなかで、日本国内における国産農産物の価格は低いままで農家は悲鳴を上げている。例えば米について1俵(60kg)9千円と1.2万円の差額を交付しても財源は3500億円で足りるが、日本には、欧米のような生産者の赤字を補てんする仕組みがない。農家の踏ん張りこそが希望の光」
「もともと鎖国下の江戸時代には食料は自給できており、日本の循環農法は世界を驚嘆させた。
ところが第二次世界大戦後、日本は深刻な食糧難に陥ったこともあり、アメリカの余剰穀物のはけ口とされた。あたかもアメリカの『回し者』のように、米食を貶めパン食を推奨した学者やマスコミもいた。日本人の食生活の大きな変化の背景には、これらの事情もある。
大豆や飼料用トウモロコシなどは早い段階で実質的に関税が撤廃され、輸入食品の急増と国内生産の減少が加速し、自給率の低下が進んだ」
「TPP等も含めた貿易自由化は、自動車のために食をいけにえにするもので、日本の農業構造も大きく変わった。
また、近年の官邸主導の規制改革にも問題が多い。企業が農地取得できるようにする『国家戦略特区』などは、ごく一部の『今だけ、金だけ、自分だけ』の企業利益のためのもの」
「日本人は安さに飛びつく国民性もあり、日本はグローバル企業の標的になっている。農薬の残留基準は緩和され、成長ホルモン剤は日本向けの牛だけに使用されている。命の源であるはずの『種』を企業の儲けの源とするために、種子法の廃止や種苗法の改正も行われた」
「しかし世界を見渡すと、有機農業が大きく拡がっている。その潮流を作っているのは消費者。
EUの消費者は国際基準を上回る高い安全性の水準を求めており、カナダやスイスの国民は高くても質の良い国産の牛乳や卵を喜んで買っている。欧米では、命を支える産業を消費者が支えることは常識」
「日本国内では、流通事業者に対する生産者の取引交渉力は低い。
自分たちの命を守るためには、現在の食べものや農業が抱えている深刻な問題を自分の課題として捉え、取り組むことが必要。
政府だけでなく、加工・流通・小売業界、それに消費者みんなで支え合わなければ有事は乗り切れない」
「米を中心とした和食にすれば、食料自給率は向上し、フード・マイレージ(輸送に伴うCO2)の削減、環境の保全、生活習慣病の予防、地域格差の是正等につながる。
身近で安全・安心な食べものをどう確保していくかについて、みんなで議論し、地域循環型経済の実現に向けて具体的に取り組んでいくことが必要」
「いずれにしても最終決定者は消費者。カギは消費者の意識と行動力。その意味では、身近なところに農業がある青梅の皆さんは取り組みやすいはず」
90分を超える熱のこもった講演は、あっという間でした。
休憩を挟んだ第2部は、石川敏之さん(ゆっくり農縁)のファシリテートによるパネルディスカッションです(石川さんの「農縁」は昨年10月に見学させて頂きました)。
まず、柳川さんから、
「有機農業は安全・安心の文脈で語られることが多いが、環境に負荷を与えないということがベース。自然の摂理のなかで作られたものは美味しい。有機農業を続けるうち、単収は増加し食味も向上した。健康に育った野菜には虫がつかず、食病気にもかかりにくい
市内や近郊の食品産業から出るおから、麦芽かす、米ぬか等をたい肥として利用している。産業廃棄物の処理にもなり一石二鳥。
有機農業を続けるうち、単収は増加し食味も向上した。健康に育った野菜には虫がつかず、食病気にもかかりにくい」
鈴木先生からは
「有機農業に転換すると生産が減って自給率が低下するという意見があるが、間違い。品質の良いものがたくさん取れるようになり、自給率向上とも矛盾しない農法と言える」とコメント。
さらに柳川さんからは、この地域の土壌(黒ボク土)についての説明も。
「黒ボク土は、火山噴出物に何万年もの間にススキが堆積してできた、ホクホクとした良質な土壌。黒ボク土は日本の37%を占めるが、世界では1%しかない」
続いて会場の参加者との質疑応答。
まず、女性の方から「深刻な話だが楽しかった。輸入食品や肥料がなくなっても有機農業はできることが分かった。時は味方してくれているのでは。しかしスーパーには食品があふれていて一般の人の危機感は乏しい。みんなで作らないといけないと感じた」等の感想。
鈴木先生からは
「危機はチャンスでもある。ぜひ、この場をスタートにして、消費者も生産者もみんながつながっていくための具体的な行動計画を作って頂きたい。体験農園なども重要」とのコメント。
柳川さんからは
「昨年から体験農園も始めた。トウモロコシを収穫して生で食べる体験には80名が参加。このような活動を通じてオーガニックの良さを伝えていきたい。参加してくれた家族のオーガニック比率は確実に高まる。
なお、慣行農法を否定している訳ではない。養鶏農家の鶏糞を使っているなど、慣行農業がないと自分のオーガニックは成立しない」
私も指名して下さったので「農業の価値を理解していない大多数の消費者を、どう巻き込んでいけばいいのか」と質問させて頂きました。
先日の市民研特別講座における徳間貞雄先生のグラフを念頭に置いたものです。
私自身としては「顔の見える関係」のなかで地道につながっていくしかないと思っていたのですが、鈴木先生からの回答は全く異なっていました。
「国民的なネットワーク強化のために(一財)食料安全保障推進財団を立ち上げた。情報提供と理解醸成活動、行動計画策定のためのセミナーを全国で展開し、より多くの人に話を聴いてもらいたいと思っている。
興味を持ってもらうためには色んな工夫が必要。北海道でのある集会では配布用の野菜を準備したところ、2000人が集まった。人間とは現金なもの。であれば、お金はあるところ(スポンサー)から集めればいい」
「SNSの影響力も大きい。自分もツイッターを活用している(脱「今だけ、金だけ、自分だけ」)が、多くの皆さんがフォローしてくれれば一気に発信力が高まり、流れができる」等と、力強く、具体的なコメントを頂きました。
2名の生産者の方からは、柳川さんに対して使用している資材等についての具体的な質問。
柳川さんは「詳細は企業秘密だが」と苦笑されながら、丁寧に説明されていました。
ローカルフード法案について質問された女性も。
鈴木先生からは
「川田龍平参院議員が中心となって超党派で法案を作成。検討に私も参画した。みどり法関係予算とも補完し合いながら、地域での取組みをサポートしていこうという趣旨で、現在、成立に向けて与野党国会議員等への働きかけを行っているところ」等の説明。
最後に、石川さんからは「ハチドリのひとしずく」のお話の紹介。
鈴木先生からは、会場の参加者に向けて「お願い」がありました。
「今日の午前中は市内の農業を見学させて頂いた。頑張っておられるが、まだ作付けされていない農地もある。食べるためだけではなく、子どもの健康のためにも、ぜひ、みんなで耕してもらいたい。消費者が近くにいる都市農業には大きな可能性がある」
最後に柳川さんから、
「これからも様々なイベント等を通じて人を育て、小さなサイクルの成功モデルを実現し、拡げていきたい」との決意表明がありました。
会場では「青梅オーガニックタウンプロジェクト」のパンフレットも配布されていました。
予定を超過して16時前に終了。
終了後も、ステージの3人の前には参加者が列をなしていました。参加者の方たちの関心の高さが伺える、熱気あるイベントでした。
鈴木先生のますますのご活躍と、青梅での活動の拡がりに、これからも注目していきたいと思います。