昭和20(1945)年8月、終戦を迎えた日本は深刻な食料不足に見舞われていました。
農民の出征により国内の農業生産基盤がぜい弱化していたなか、大陸や台湾等からの食料供給は途絶え、さらに戦地から多くの兵士が復員してきたためです。
リンク先のグラフは、現在、厚生労働省のホームページで入手できる最も古い国民栄養調査(現在は国民健康・栄養調査)から作成したものです。
https://food-mileage.jp/wp-content/uploads/2022/08/248_sengo.pdf
これによると、昭和21(1946)年の熱量摂取量(棒グラフ)は、都市では1,721kcal(単純平均)であるのに対して農村では2,084kcal。翌年はそれぞれ1,772kcal、2,136kcalへと増加しているものの、顕著な改善は見られません。また、都市は2年間を通じて農村の8割強の水準に留まっています。
これらを反映して、体重が「過軽」の者(標準体重を10%を超えて下回っている者)の割合(折れ線グラフ)は、都市が農村を4〜7ポイント上回って推移しています。
この背景に関連して、同調査には興味深いデータが掲載されています。
右側の積み重ね棒グラフは摂取熱量の入手先別の構成割合で、都市では配給が67%、自由購入が29%となっているのに対して、農村では自家生産が84%を占めているのです。
このことは、有事における農村の有利性、食料を自給する手段を有していることの重要性を示唆しています。
(データの出典)
厚生省公衆衛生局栄養課「国民栄養の現状」(昭和22年度国民栄養調査成績)
https://www.nibiohn.go.jp/eiken/chosa/kokumin_eiyou/doc_year/1947/1947_kek.pdf
出典:
F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
No.248、2022年8月12日(金)[和暦 文月十五日]
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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