【ブログ】2022年 秋の彼岸

気がつくと、2022年9月も間もなく終了。
 残暑で日射しが強い日はあるものの、日陰に入ると風の爽やかさに驚かされます。
 秋の蝶たちの姿。

左からキマダラヒカゲ、ヒカゲチョウ、アオスジアゲハ、ツマグロヒョウモンのペア(いずれも東京・東村山市内)

9月27日(火)は快晴。
 自宅近くに一画を借りている市民農園は、しばらく放置していたためにジャングル状態。何とかしなければと一念発起。
 いつもお世話になっている園芸店で、白菜、キャベツ、ブロッコリ、カリフラワーの苗を購入。植え付け時機を逸したかと心配していたのですが、店主さんからは、今年は異常な高温続きで今からでも全然遅くはないとのお言葉。

 膝丈くらいまで延びた雑草を抜いていくと、支柱が倒れていた茄子やシシトウが現れました。有り難いことに、まだたくさんの実を付けています。

苗を植え付けてネットがけ。
 先日、金沢の近江町市場で求めてきた源助大根の種も播いてみました。

 例年、大根を播種する時は20~30cmほど耕すのですが、今年は不耕起に挑戦することに(こちらの方が楽ではあります)。
 不耕起は土壌改良や炭素貯蔵に有効であることは、業界内(?)でのベストセラー、ゲイブ・ブラウン『土を育てる』でも明らかにされています。
 果たして結果はどうなるか、実験です(大根、曲がりそうだな~)

日本武道館(東京・北の丸公園)で安倍元首相の国葬儀が行われたこの日、埼玉・小川町でも通夜が営まれました。
 日本の有機農業の第一人者・金子美登(よしのり)さんが、田んぼの見回り中に心筋梗塞で急逝されたのです。74歳という若さでした。

金子さんに面識を頂いたのは2003年頃、関東農政局(さいたま市)在勤中のこと。
 地域循環型の食育の取組みについて、お話を伺いに小川町を訪ねたのが最初です。
 「カリスマ」とも呼ばれる著名な方を前に緊張しましたが、木訥とも言える穏やかな、同時に強い意志が感じられる話しぶりに、たちまち魅了されました。

左から2010年9月19日(小川町下里)、13年2月2日(東京・渋谷区、故 大江正章さんと)、19年9月8日(小川町下里学校)

その後も、公私を問わず何度も小川町を訪ねて金子さんご自身に農場を案内して頂いたり、あるいは都内で開催されたセミナーでお話を伺ったりするなど、様々な多くの学びを頂きました。また、金子さんの農場で研修を受けられた何人もの方にもお世話になっています。
 私にとっては、7月に亡くなられた山下惣一さん(佐賀・農民作家、享年86歳)に続いて、大切な羅針盤を奪われたような喪失感を禁じ得ません。

お通夜・告別式は近親者のみとお聞きし、参列はご遠慮したものの(後日「お別れ会」が開催される予定とのこと)、せめて少しでも近くまでという気持ちが抑えられず、午後から東武東上線の小川町行きに乗車。

 降りたのは、小川町の2つ手前のつきのわ駅(埼玉・比企郡滑川町)。
 駅構内には「比企尼のふるさと」の幟。東武鉄道の広報誌には、金子さんを紹介する記事も掲載されていました。

駅の南口に出て(何もなく草地ばかりです(失礼))、残暑の残る中、30分ほど歩いて原爆の図・丸木美術館に到着。「遠いところをよく来て下さいました」との看板が出迎えてくれました。
 丸木位里・俊のご夫妻(いずれも故人)が、共同制作された《原爆の図》を誰でもいつでも見られるようにという思いを込めて建てられた美術館です

半月ほど前の新聞で企画展「蔦谷 楽・ワープドライブ」が開催中(10/2まで)との記事を見ていたこともあり、小川町にほど近い美術館を久しぶりに再訪することにしたのです。

 平日の午後、しかもアクセスは不便な場所にあるのですが、高齢の女性3人グループやお一人の若い女性など、10名以上の方が熱心に展示をご覧になっていました。

順路に沿って2階に上がると、丸木俊さんの絵本原画が展示されている部屋に続いて、2部屋の広い主展示室に至ります。

 足を踏み入れた瞬間、4面の壁一杯に展示された大きな「原爆の図」に圧倒されます。
 水墨画(位里氏)と油絵(俊氏)の技法がコラボした緻密な筆致によって描かれているのは、原爆投下直後の広島の犠牲者たちの姿。火から逃げ惑い、水を求めてさまよう様子。赤ん坊を抱えた妊婦、抱き合う姉妹。そして積み上がったおびただしい数の遺体。
 同時に被爆した朝鮮半島出身者や、日本人により虐殺されたアメリカ人捕虜の姿も描かれています。
 部屋の中央に置かれているベンチに座っていると、地獄絵図が四方から迫ってくるようで、今いる場所や時間の感覚が薄れます。

 新館ホールには、やはり4面の壁一杯にアウシュビッツ、南京大虐殺、水俣、原発など晩年の大作が展示されています。

原爆の図・丸木美術館HPより。

企画展「蔦谷楽・ワープドライブ」では、2本の映像作品が上映されていました。
 蔦谷 楽(つたや・がく)さんは、1974年東京生まれでアメリカ・ニューヨーク在住の美術作家です。

「Beautiful Sky Golf Course」は、第二次世界大戦中に強制収容された日系人が、スパイ容疑をかけられ「忠誠裁判」にかけられる物語。
 「ENOLA’S HEAD」は、核兵器の実験と製造、原爆投下、アメリカのウラン採掘労働者や実験場の近隣住民の被曝の様子などが描かれています。擬人化された動物や昆虫の姿が無気味です。

原爆の図・丸木美術館HPより。

核兵器は今や「抑止力」ではなく、「威嚇の手段」として用いられるようになってしまいました。万が一、使用された時には、どのような残酷・悲惨な地獄絵図がこの世の中に出現するかを「原爆の図」は示しています。
 今こそ、もっともっと世界中の多くの人に「原爆の図」を観てもらう必要があります。

悲惨な絵に「当たった」のか、いささか暗く落ち込んだ気持ちを持て余して、美術館のドアを出ました。
 来た方向と逆の左手に向かうと、一気に光景が広がりました。眼下には、右から左へとゆったりと都幾川(ときがわ)が流れています。夕方になって強い日射しは弱まり、爽やかな風が吹いてきます。

太陽が傾きつつある西の方向に、小川町があります。
 上流部でこの川に合流する槻川(つきがわ)は、金子美登さんの霜里農場のすぐ脇を流れています。金子さんと、草をはむ牛たちの姿が思い起こされます。

 西に向かって、静かに手を合わせました。
 秋の彼岸が過ぎた、2022(令和四)年9月27日のことです。