-北條民雄 日記 (『定本北條民雄全集』下巻所収、1996年9月、創元ライブラリ)-
【ポイント】
ハンセン病作家である北條民雄の日記は、体調が悪化するに連れて分量が減少し、最後は日々の食事を記録するにとどまりました。

著者は1914年、陸軍軍人である父の赴任先であった朝鮮京城府に生まれ、両親の郷里・徳島で育ちます。もっともこれらは、本名も含めて、2014年になって明らかになったものです。
19歳の時、当時は不治の伝染病と恐れられていたハンセン病を発症、20歳で全生病院(現在の国立療養所 多磨全生園(東京・東村山市))に入院します。半ば強制的な収容でした。自身が入院初日に経験したことを基にした小説『いのちの初夜』は、大きな反響と高い評価を得て芥川賞の候補にもなりました。
入院2か月後の1934年7月から死去する1か月前の1936年11月までの間の、北條の日記が残されています。「怖ろしい病気に憑かれた」「泣き叫びたし」と嘆きつつ、「なんとしても書かねばならぬ。書くことだけが自分の生存の理由だ」として、病舎の中で多くの小説や随筆を執筆しました。
北條の体調は1937年に入る頃から悪化し、次第に日記の分量も少なくなっていきます。死の1か月前の11月に入ると、日々の食事内容を記録するにとどまるようになりました。例えば11月6には「朝食に粥半椀、梅干し1ケ」等とあります。同じ死の床にあった正岡子規の随筆が思い出されますが、子規が最期まで健啖家であったのに対して、北條の食欲はどんどん衰えていきます。
死に抗って書き続けた北條が最後に記したものが、生命の源である食事の記録だったことには、深い感慨を覚えます。
出典:
F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
No.324、2025年9月6日(土)[和暦 文月十五日]
https://food-mileage.jp/2025/09/17/letter-324/
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