最初で最後(?)の妻との本格的な海外旅行。
私は何十年も前にヨーロッパには何度か出張では来ていたのですが、久しぶりで不慣れな海外旅行。HISのツアーでの参加でしたが、旅行窓口、添乗員、現地ガイドの皆さんには親切に助けて頂きました。
2025年11月8日(土)。
所沢駅前5時50分発のリムジンバスで8時30分頃に成田空港第一ターミナル着。宅配で送っていたスーツケースを受け取り、グローバルwifiをi借用。
4F南ウイングに9時40分に集合。ツアー参加者は新婚カップル、女性のひとり旅など25名ほど。添乗員のMさん(女性)から説明、現地案内で使うイヤホンガイドとエコバッグを配って下さいました。
出国手続きはパスポートを機器にかざし、顔認証だけと簡単です。
11時40分、スイスインターナショナルエアラインズ(LX161)のエアバスに搭乗、12時10分に出発。14時間超のフライトです。ところがリクライニングが止まらず、席を変えてもらうことに。スイスのビールは美味でしたが機内食は今イチ(最後に出た焼うどんがもっとも美味でした)。

日本語字幕付きの『ナポレオン』『スーパーマン』『ジュラシックワールド』等を観ながらうとうと。尻が痛くなってきた頃、現地時間18時35分にチューリッヒ着。LX1482に乗り継いで22時過ぎにプラハ(Plaha)空港着。入国手続きも簡単です。
そのままバスでホテル(Holiday Inn)へ。広くて快適な部屋ですが便座が高い。
旅行1日目は移動だけで終了。
翌11月8日(日、2日目)は生憎の雨模様。バイキングの豪華な朝食(最終日以外は朝食はホテルでのバイキングでした)。
8時30分にバスでホテルを出発、プラハ城近くの駐車場まで。現地のガイドさん(女性)が案内して下さいます。
9世紀に建設が始まったというプラハ城は素晴らしい威容、現在も大統領府として使用されているとのこと。ユネスコの世界文化遺産にも登録されており、世界中からの多数の観光客で溢れていました。
衛兵の交代。聖ヴィート大聖堂には入れず。宗教改革の先駆者・フスとフス派が活躍した場と思うと感慨深し。高台になっておりプラハ市街を眺めることができますした。

坂を下ってトラムに乗車。古典的な車両を借り切って旧市街を一周、路上から観光客が手を振ってくれます。
憧れのヴルダヴァ(モルダウ)川に架かるカレル橋には、7体の聖像彫刻。旧市街まで徒歩移動、11時過ぎにいったん解散、自由行動。
雨が強くなってきました。

1時間強しかなく、期待していたドボルザーク博物館は断念。
まずは旧市庁舎の時計塔へ。エレベータで登ると、赤い屋根が連なる見事な景観。正時には、使徒が現れ時を告げるのを見ようと、広場は大変な人。ややあっけないものの大きな拍手。
マーケット等を見学しつつ散歩していると迷子になり、あたふたと地図を見ていると親切な女性が道を教えて下さいました。昼食は菓子(トルデルニーク)とスタバのコーヒーのみ。
何とか集合時間の13時30分間に合いました(迷子になって遅れた人も)。徒歩でヴルダヴァ川を渡って駐車場へ。市街地には観光バスは入れないそうです。

バスでチェスキー・クルムロフ(Cesky Krumlov)へ。約180kmの移動です。
車窓からはボヘミア平原。農地の広さが実感されます。直接支払いなどEUの農業政策を参考にすべきとの議論がありますが、農地条件の違い(国土に占める農地面積の割合、農地の構成(水田、畑、採草放牧地等)、1経営体当たりの規模等)を考慮する必要があります。
16時20分頃にチェスキー・クルムロフに到着。雨は上がっていました。
駐車場から旧市街を通ってホテルに向かいます。中世の街並みそのまま、ここも世界文化遺産に登録されているとのこと。
夕食は古いホテル・Rozmbersky Dvurの食堂で。大きなスペアリブが出てきて、相席になった新婚旅行の男性の、やや小ぶりのものと交換してもらいました。
部屋も広くて快適です。

3日目、11月10日(月)の午前中は自由行動。ゆっくりと旧市街を散策。
湾曲したヴルダヴァ川に囲まれた高台にある、箱庭のような、宝石のような街です。
川沿いには、1400年頃に建てられたという聖ヴィート教会。
高台にあるチェスキー・クルムロフ城は13世紀に建てられたそうです。堀にはなぜか大きな熊が2頭。5つの中庭を通り抜けると、市街を一望できる場所に出ました。ここにも世界中からの観光客、順番を待って記念写真。

12時前にホテルに集合し、全員で駐車場へ。団体行動は速足でついていくのが一苦労。
ミュンヘン(München)へは約300km。今回、最も長い旅程です。
車窓から見えるのは畑、畑。菜種や小麦。
途中1回の休憩。運転手さんのために45分間の休憩が必要とのことで、予定が遅れると添乗員さんはやきもき。

やがて畑の向こうに日が沈み、ミュンヘンに到着した17時過ぎにはすっかり暗くなっていました。
駐車場から徒歩でマリエン広場へ。新市庁舎は「新」といっても19世紀末の建築とのこと。
市内を散策する時間はなく、教えてもらったホフブロイハウス(ビアホール)へ直行。高速で走ってくる自転車に注意が必要です。
高い天井の絵画、バンド演奏。勝手にテーブルに着いて(フィンランドからのご夫妻と相席に)、店員さんを呼び止めて1リットルジョッキのビール(やや淡白で大味)。食事はソーセージの盛り合わせ、豚すね肉の丸焼(Schweinshaxe)、プレッツェルなど。すごいボリューム、後から来た同じツアーの若い女性に手伝ってもらいました。
バスに戻り、19時過ぎにHoliday inn Munich city centerに到着、泊。

翌11月11日(火、4日目)の朝は小雨模様。
バスでホーエンシュヴァンガウ(Hohenschwangau)に向かいます。約130km。やがて晴れ間が出てきました。これまでは平原地帯でしたが、なだらかな起伏のある丘陵地帯となり、遠くには山が見えてきます。

10時20分頃、ホーエンシュヴァンガウ城を望む駐車場に到着。クボタのトラクターが活躍中。
ノイシュバンシュタイン城までは山道を徒歩で登らなければならないと言われていたのですが、冬季は運休になるシャトルバスがまだ運行しており、山道をマリエン橋の手前まで。
青空の下、田園風景を背景にノイシュヴァンシュタイン城が遠望できました。

振り返ると、ホーエンシュヴァンガウ城と集落、湖水が望めます。
時間制のチケットにより、12時10分に多くの国の観光客とともに城内へ。日本語ガイドのレシーバーを耳に部屋を回ります。
1869年に起工されたものの、ルートヴィヒ2世の急死により未完成のままとのこと。比較的新しい城ですが世界遺産に登録されています。
帰りの下り坂は馬車で。カフェのテラスでホットワイン。暖かくなりました。アルプ湖のほとりで、ゆっくりと休息する時間も。

25kmほどバスに乗り、ヴィースに到着したのは15時過ぎ。牧草畑のなかに、世界文化遺産である白亜の巡礼教会がたたずんでいます。
内部は色彩豊かに、華麗に装飾されています。静かで厳粛な空間。
教会の周りには鶏が放し飼いにされていました。

ザルツブルク(Salzburg)へは約200km。牛(ジャージー種?)が放牧されているのが見えます。牧草をラップしたロールベールも。
20時過ぎにHoliday inn Munich city centeに到着。
ホテル内のレストランで夕食。2種類のヴァイツェンビールを頂きました。美味。

翌12日(水、5日目)も8時30分にホテル出発。現地ガイドの女性に案内して頂いてザルツブルク市内の観光です。
ミラベル庭園。ザルツァッハ川越しに望む大聖堂とホーエンザルツブルク城。要所要所で記念写真を撮って下さいます。
ゲトライデ通りを過ぎたところにある広場でいったん解散、自由行動に。
1時間ほどしかなく、迷わずモーツァルトの生家へ。博物館になっていて楽譜や書簡、ゆかりの品々が展示されているのですが、残念ながら日本語の解説はありませんでした。
10時25分に再集合。短い時間で有名なお菓子を買われた方も。

ハルシュタット(Hallstatt)へは約75km。12時過ぎに到着。
まずはレストランでのランチ、マスのソテーは淡白で美味でした。
湖畔にある街を散策。急峻な山々に囲まれ、木造の小さな建物が斜面に張り付いています。カトリック教会。対岸にある鉄道駅と往復する船着き場。
まるで(陳腐な表現ですが)絵葉書のようです。

14時15分にハルシュタットを出発、いよいよ旅の最終目的地・ウィーン(Wien)に向かいます。車窓からは、アルプスに連なる美しい山並み。
日が傾くにつれて霧が濃くなり、小雨も降ってきたようです。
18時20分頃にウィーン到着。
夕食は、地元の方たちで賑わうカジュアルなレストランでヴィーナー・シュニッツェルなど。豚肉のカツレツはなかなかのボリュームです。
20時過ぎにHotel Rainersに到着。

翌13日(木、6日目)は、今にも雨が落ちてきそうな空模様。朝、ホテルの周りを散歩。目の前には福音派の教会。
8時50分にホテルを出発。宮殿や博物館には大きなバッグは持ち込めないとのことで、この日は五縁堂(東京・武蔵五日市駅前)で求めたエコバッグを肩に掛けて出発です。
まずはシェーンブルン宮殿へ。
入り口にはクリスマスの飾り付けがなされ、宮殿前の広場では多くの露店が開店準備中。その奥に、テレジアンイエローの宮殿の建物が見えます。17世紀末に着工され、第一次世界大戦後までハプスブルク家の離宮として使われていたそうです。
現地ガイドの男性に案内されて、揃って宮殿内へ。
公開されている40部屋のうち20部屋ほどを見学。1814年のウィーン会議も開かれた大ギャラリー、王族の肖像画が掲げられた「赤いサロン」など。
日頃、ヨーロッパの帝国主義・植民地主義に批判的なことばかりうそぶいている私も、圧倒的な内装と調度品の迫力に息を飲んだ次第。

バスは市の中心部に戻ります。
ホーフブルク(王宮)は、数世紀にわたって歴代皇帝が居住した重厚な建物。内部には有名な図書館もあるそうです。
歩行者天国となっているコールマルクト通りからクラーベン通りへ。高級ブランド店や土産もの屋さんが軒を連ねています。巨大なペスト終焉の記念柱なども。ここにも世界中からの観光客。
やがてシュテファン大聖堂の伽藍に行きつきました。
ここにもクリスマスの露店が並んでいます。幸い雨は落ちてきませんが、気温はかなり低くなってきました。
ケルントナー通りをオぺラハウスへ。ここで12時過ぎに解散、自由行動に。教えてもらって一日乗車券を購入(地下鉄、トラム、バスなど共通して使えるそうです)。
大聖堂に向かって通りを戻ります。モーツァルト最後の家はデパートになっていました。広場の露店で買い物など。有名なザッハトルテは本店で(私はアメリカンコーヒー)。

荷物が増えたのでトラムでいったんホテルに戻り、再び旧市街へ。
王宮庭園のモーツァルト像手前の芝生には、ト音記号が描かれています。寅さんが迷子になった場所です。
マリアテレジア像の左手にある美術史博物館へ。日本語ガイドのレシーバーを借りることができました。
ハプスブルク家が収集した古代ギリシア・エジプトの美術品(小さな青いカバも)、ブリューゲルやフェルメールの絵画など。2時間ほどではとても回り切れません。
解説には「植民地に迷惑をかけたことを忘れてはならない」といった言葉もあったような。

すっかり暗くなりました。
18時20分、オプショナルツアーの参加者(20名ほど)は、市庁舎のレストランに集合。落ち着きのある広いレストランで鮭のソテー、ワインなど。
夕食後は、徒歩でクラシックコンサートの会場へ。
本格的な演奏会ではなく、少人数の室内楽団(コントラバスやフルートも)の演奏に、オペレッタの歌やダンスが入るというもの。演奏者の腕前、音響効果とも抜群です。
終了後は満場の拍手。

翌14日(金)は、日本への帰国日。この日も雨が落ちてきそうな曇り空です。
サンドイッチ等のお弁当が配られ、6時45分にホテルを出発。バスで空港へ。そういえばドナウ川も見られませんでした。
9時45分ウィーン発のオーストリア航空(OS315)。窓からはアルプスの山並み、広々としたスイスの農村風景。
11時10分にチューリヒ着。13時ちょうど発のスイス航空(LX160)。帰りは少し短く、成田空港まで13時間ほどのフライトです。
日本語字幕付きの『ロンゲスト・ヤード』など。

無事に遅れもなく、10時過ぎに成田空港に到着。日付は15日(土)に変わっています。入国手続きもスムーズ。
スーツケースを宅配に出してwifiを返却。使い方も簡単で便利でした。
京成スカイライナーで日暮里へ。山手線と西武新宿線を乗り継いで自宅最寄り駅に着いたのは12時過ぎ。駅前のCoCo壱〇屋でカレーを食べてバスで帰宅。
年度途中から借りることができ、出発前にあわてて苗を植えていた市民農園に水やりも。日常が戻ってきました。
改めて思い返しても、夢のような1週間でした。
(ご参考)
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https://www.mag2.com/m/0001579997
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