【ブログ】菊池事件と映画『新・あつい壁』

2025年12月も半ば。
 ここに来て冷え込む日も多くなってきましたが、樹々のつぼみは春に向けて膨らみつつあります。

 2月13日(土)の午前中は、地元の小学校のフェスタのお手伝い。ボッチャの受付を担当。といってもスタンプを押して景品(びよ~んと伸びるおもちゃ)を配るだけですが。たくさんの小学生、未就学児、保護者の方たちが来てくださいました。
 合間に骨密度も測定してもらいました(結果は平均をやや下回る程度)。

同じ日の午後は、これも地元・東村山市にある国立ハンセン病資料館へ。
 「戦争とハンセン病」「お父さんお母さんへ ハンセン病療養所で書かれたある少年の手紙」の企画展が開催中です。
 関連企画として13時から映画『新・あつい壁』が上映されました。

上映ホールはほぼ満席。
 『新・あつい壁』は菊池事件を扱った映画です。駆け出しのルポライターである主人公はホームレスの男から55年前の殺人事件の話を聞き、熊本にある国立療養所・恵楓園の自治会を訪れて入所者たちに取材をします。当時、裁判に直接関わった書記官が「みんなで被告をボロ雑巾のように死に追いやった」と話していたという証言も。最近もホテルの宿泊拒否事件の際に送りつけられてきた誹謗中傷の手紙など、偏見・差別が現在も続いていることも描かれます。
 重いテーマですが、「素人」だった若い主人公が取材を通じて成長していく姿、彼の婚約者の母親の告白など、映画としても楽しめました。

終了後には、学芸員の方から菊池事件についての解説も。
 第一の事件(ダイナマイト事件)が起こったのは1951年。ハンセン病患者とされたF氏は懲役10年の有罪判決を受けて逃走し、その間に第二の事件(殺人事件)が発生します。F氏は療養所内の「特別法廷」で審理され、1953年には熊本地裁で死刑判決。57年には最高裁で確定。全国の入所者自治会等により再三にわたる再審請求がなされるなか、1962年に死刑が執行されます。

 55年後の2017年、「らい予防法違憲国家賠償請求訴訟」の判決(原告勝訴、国は控訴せず)を受けて改めて再審請求を求める訴状が熊本地裁に提出されました。2020年の判決では再審請求自体は認められなかったものの、特別法廷での裁判は「憲法違反」と判断されました。
 そして現在、F氏の遺族の方等により再審請求がなされており、熊本地裁は来年1月中に再審開始の可否を判断することとなっています。

菊池恵楓園(熊本・合志市)のHPより。左は特別法廷、右は「救う会」による現地調査の様子とのこと。

最後に、中山節夫 監督のトークもありました。
 菊池恵楓園の地元に育ち、遠足の時に、塀で囲まれた施設がハンセン病の療養所であることを聞いた時には背筋が寒くなったことを覚えているという監督。菊池事件が起こった時は中学2で、F氏が逃走したことを聞いた時はらい菌をまき散らすのではないかと怖かったそうです。偏見・差別は、あたかもご飯を食べることのように日常的であったとも。

免田事件、袴田事件など、再審により無罪となった事件は5件あるそうですが、これらと決定的に異なるのは、菊池事件の被告はすでに死刑が執行されているということです。証拠の捏造や供述の誘導など他の事件と同様の状況にありますが、仮に再審が決定されたとしても失われた命が返ってくることはありません。
 いずれにしても、来年1月の熊本地裁の判断に注目したいと思います。

(ご参考)
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