【ブログ】森田ミツと井深八重

2021年12月13日(月)は月に1度の奥沢ブッククラブの日。
 今回の課題本は遠藤周作『わたしが・棄てた・女』。昼前にようやく別の本を読み終わったばかりで、これではとても間に合わないと焦りつつ読み始めたのですが、たちまち、猥雑でバイタリティある戦後の風俗等の描写に引き込まれました。

ところが終盤になって、突然、ハンセン病が重要なモチーフに浮上。
 驚いていったん本を閉じ、15時過ぎに自転車で10分ほどのところにある国立ハンセン病資料館へ。課題本関係の資料があるか、探してみようと思ったのです。

通過した国立多磨全生園(たまぜんしょうえん)は、全国に13施設ある国立ハンセン病療養所の一つ。盛りを過ぎつつある紅葉が、西陽に映えて何とも鮮やかです。銀杏の梢の上には半月。
 ところが肝心の資料館は、月曜日は定期休館日でした(残念!)。

帰宅して何とか読み終え、19時から74回目の奥沢ブッククラブに参加(オンライン)。
 この日の参加者は6名ほどと、比較的少人数です。

 前半は参加者からのおススメ本の紹介。
 ル・コルビュジエ『小さな家』、J.K.ローリング『クリスマス・ピッグ』、土井善晴『一汁一菜でよいという提案』、ジュンパ ラヒリ『停電の夜に』、トルーマン・カポーティ『クリスマスの思い出』、宮内泰介・上田昌文『実践 自分で調べる技術』、戸部良一他『失敗の本質』など、今回も多彩です。
 私からは前回の課題本・玄侑宗久『中陰の花』つながりで同『竹林精舎』と、その前作(!)に当たる道尾秀介『ソロモンの犬』をおススメさせて頂きました。

後半は、課題図書(遠藤周作『わたしが・棄てた・女 』)についての感想などのシェア。
 何とも身勝手な主人公の男への怒りと、彼に一途な愛情を捧げながら「棄てられた」森田ミツという女性への同情と哀惜等の感想が交わされます。
 ちなみにミツはハンセン病と診断され入院しますが、後に誤診であったことが判明します。

 「タイトルに『・』が入っているのも、キリスト教と関係があるのだろうか」
 「作者はクリスチャンでありながら神を信じていない。疑問を持ちながらも神を見捨てることはなく、信者であり続けたのでは」等の感想も出されました。

途中で進行役のNさん(元文学少女(?)のこの方、本当に博識です)から、森田ミツには井深八重というモデルがいるといった情報も。

最後の恒例、Uさんが読んで下さった絵本は『デリバリーぶた』。
 大海原のまんなかでも世界一高い山でも、食べたいものを運んできてくれるブタさんのお話です。

 今年最後のブッククラブは穏やかな雰囲気のうちに終了。
 今年も多くの本を紹介して下さり、色々な本についての感想などを交換させて頂き、有難うございました。
 次回(第75回)は明年1月10日(月)の19時から。課題本は、食と農の市民談話会でも話題提供して下さった平賀 緑さんの『食べものから学ぶ世界史』です。どなたでも参加できます。

さて翌日。
 Nさんがつぶやいた「井深八重」のことが気になって、前日に続いて国立ハンセン病資料館を再訪しました(開館日であることを確認してリベンジ!)。

 受付の女性に尋ねると、パネル展示があり、後は図書室で聞いてみて下さいとのこと。
 資料館2階の窓からは、冬空の下に、全生園の名勝(?)桜並木がみえます。
 今春はコロナ禍で花を観るための立入りは出来ませんでしたが、来春はどうなっているでしょうか。

最初のコーナーにハンセン病関係で功績のあった方たちのパネル展示があり、そのなかに井深八重さんもいらっしゃいました。ふくよかで穏やかそうなお顔です。

常設展示室を通り(それにしてもここの展示は迫力があります。ぜひ多くの人に見て頂きたいです。ちなみに入館無料です)。
 ビデオ資料コーナーでは、八重がいた私立神山復生病院関係の映像を観ることもできました。

図書室に入ったのは初めてです。
 学芸員の方(男女お二人)に尋ねると、たちまち、4冊の書籍と1冊の週刊誌を探して持ってきて下さいました。
 「人間の碑」刊行会『愛蔵版・人間の碑』(井深八重顕彰記念会、2002.12)、星 倭文子『井深八重 : 会津が生んだ聖母』(歴史春秋出版、2013.10)、中村 剛『井深八重の生涯に学ぶ』(あいり出版、2009.7)、それに女性セブン1976年3月24日号の「生きている聖人」との記事です。

 しかも貸し出しもできるとのことで、雑誌はコピーを取らせて頂き、後の3冊をお借りしました。

これら資料によると、井深八重は1897(明治三十)年、父親が通訳官として赴任していた台北・台北で生まれました。祖母は会津藩家老・西郷頼母の妹で、ソニーの創業者・井深大も一族とのこと。
 帰国した後は同志社女学校を卒業して長崎高等女学校に英語教師として赴任。その2年目、21歳の時にハンセン病と判断されて静岡・御殿場市の私立神山復生病院に入院します。
 3年後に誤診だったことが判明したのですが、八重は病院を去ることなく、看護師の資格をとって患者達の看護と病院の運営に一生を捧げたそうです。黄綬褒章、ナイチンゲール紀章等を受章され、1989(平成元)年、91歳で永眠したという人生でした。

貧しい出自で学歴もなく、愚鈍で人が良く、印刷工場や風俗関係で働いていた森田ミツとは何と異なる人生でしょうか。共通しているのは、ハンセン病と診断されて御殿場の病院に入院し、誤診が判明した後もとどまって患者のために献身的に尽くしたという部分のみです。
 しかも、八重が長寿を全うして栄誉も得たのに対して、小説の中のミツは、早ばやと、患者が生産した鶏卵を町に売りに行って交通事故で命を落としてしまうのです。
 あまりに救いのない(神も仏(?)もない)ストーリーです。

『愛蔵版・人間の碑』のなかで、刊行会代表の牧野 登氏が本書にも触れています。
 「遠藤周作は学生の時に2度ほど神山復生病院を訪れ八重のことを知ってショックを受けた。モデルにしたというより、着想を得て、作者の命題(ハンセン病との偏見と戦い、愛に生きた女性の崇高な人生)のもとに解体・再構築し創作された小説」と解説しています。

いずれにしても、今回もしみじみと読書会の醍醐味を堪能しました。
 自ら進んで手に取ることはなかったであろう本を読み、感想などを交換でき、さらに関連して多くのこと(例えば金子文子、井深八重)を知ることができました。大きな喜びです。
 改めて、奥沢ブッククラブの仲間に感謝したいと思います。