【ほんのさわり】速水 融『歴史人口学で見た日本』

 
−速水 融『歴史人口学で見た日本−増補版』(2021/5、大垣書店)−
 https://books.bunshun.jp/articles/-/7202

【ポイント】
 著者が江戸時代を対象に分析した「都市アリ地獄説」は、現代もスケールを拡大しつつ厳然と成り立っています。

速水 融(あきら)氏は1929年東京に生まれ、2019年に逝去されました。日本における「歴史人口学」の生みの親である著者の「自分史」として2001年に出版された本書が、増補版として2022年に改めて出版されたことに、最近の人口に対する関心(不安)の高まりが伺えます。帯には磯田道史氏とエマニエル・トッド氏の顔写真。

歴史人口学とは、各地に残された近世以前の原史料(古文書)を収集して当時の人口の動向を分析するという社会学の一分野とのこと。
 著者が注目した原史料の一つが、享保六(1721)年に八代将軍吉宗が始めた全国の「国別人口調査」で、以後、6年ごとに1846年まで継続されました。このような全国的な調査はヨーロッパにも存在しないそうです。
 これによると、当時の日本の人口は2600万人程度で、125年の間、大きな変動は見られません。しかしこの間、三度の大飢饉(享保、天明、天保)に見舞われています。そこで著者は、飢饉のあった危機年とそれ以外の平常年に分けて、地域別の人口増減を分析しました。
 その結果、危機年においてはほぼ全ての地域で人口が減少しているのに対して、平常年においてはほとんどの地域で人口は増加しているなかで、例外的に関東地方と近畿地方のみ減少していることが明らかとなりました。江戸あるいは京・大阪という大都市を含む地域で人口が減っているという、一見、不思議な状況がみられるのです。

このことについて著者は、「大都市は周辺の地域から人を引き付けておいて高い死亡率で人を殺してしまう」「江戸は住民にとって健康な地ではなく、周辺の農村地域から健康な人を吸い込まないと人口が維持できない」と分析し、「都市アリ地獄説」と命名しました。ヨーロッパにおいても同様の現象がみられるそうです。
 江戸時代の日本では、江戸への人口流出により、特に北関東(現在の群馬、栃木、茨城)における人口減少が顕著だったのです。

出典:
 F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace
 No.291、2024年5月8日(水)[和暦 卯月朔日]
  https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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