【メルマガ】F.M.Letter No.271 -pray for peace.

◇フード・マイレージ資料室 通信 No.271◇
  2023年7月18日(火)[和暦 水無月朔日]
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◆ F.M.豆知識  農業用水路の長さ(延長)など
◆ O.カレント  通潤橋(熊本・山都町)
◆ ほんのさわり 富山和子『水の文化史』
◆ 情報ひろば  ブログ更新、イベント情報等
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 水も枯れ果てるとされる水無月に入りましたが、全国各地では豪雨が続きによる水害も発生しています。被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。一方、東京地方等は猛暑に見舞われており、年々、気候変動が激しくなっていることを実感せざるを得ません。このようななか、今号では「農業と水」について考えてみました。
 本メルマガは、時の流れを体感するため、和暦の朔日(新月)と十五日(ほぼ満月の日)に配信しています。

◆ F.M.豆知識
 食や農に関連して、特に私たち消費者にちょっと役に立つ、あるいは考えるヒントになるデータをコツコツと紹介します。
 (過去の記事はこちらに掲載)
 https://food-mileage.jp/category/mame/

−農業用水路の長さ(延長)など−

「瑞穂の国」とも称される日本は、温暖湿潤な気候風土に恵まれ、豊かな農業生産が展開されてきました。その農業生産を支えてきたのが、全国に網の目のように張り巡らされた農業用水路です。
 添付先のグラフは、農業用水路の長さ(延長)等を示したものです。
 https://food-mileage.jp/wp-content/uploads/2023/07/271_suiro.pdf

日本の農業用水路全体の長さ(総延長)は約40万kmとされ、これは実に地球10周分に当たるそうです。また、農業用水路のうち受益面積が100ha以上ある基幹的農業用水路の長さは約4万9千kmとなっています。
 これを一級河川の国による直轄管理区間、一般国道の指定区間、JRの線路と比較すると、いずれも農業用水路の方が長く、農業用水路は公共的な施設として大きな量(ストック)を有していることが分かります。
 また、農業用水路は、水田や畑への水の供給だけではなく、水系全体の流量調整(洪水の防止等)への貢献、景観や生物多様性の保全等の面でも大きな役割を果たしています。
 さらに歴史的にみると、農業用水路の開削・整備事業は、日本の国土づくりそのままだったという面もあります。

その農業用水路は、現在、老朽化が進みつつあり、転落事故の頻発も問題となっています。農業用水路を管理している水利組合の構成員(農業者)も減少・高齢化が進んでおり、都市住民も含めて適切に整備・維持管理していくことが求められています。

データの出所:以下の資料から筆者が作成。
  農林水産省「基幹的農業水利施設の施設数、水路延長(平成20年、推計値)」
  https://www.maff.go.jp/j/nousin/sekkei/suidozu/s_zyokyo/pdf/02_sisetu.pdf
  国土交通省「一級河川の河川延長等調(令和4年4月30日現在)」
  https://www.mlit.go.jp/statistics/details/content/001594706.pdf
  同「道路統計年報2022」
  https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-data/tokei-nen/2022/nenpo02.html
  同「鉄道統計年報(令和2年度)」
  https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000057.html

◆ オーシャン・カレント−潮目を変える−
 食や農の分野で先進的かつユニークな活動に取り組んでおられる方や、食や農に関わるトピックスを紹介します。
 (過去の記事はこちらに掲載)
 https://food-mileage.jp/category/pr/

−通潤橋(熊本・山都町)−

通潤橋と白糸台地の棚田(筆者撮影、2023.,4/9, 22.3/27)

通潤橋(つうじゅんきょう)は、熊本県のほぼ中央、山都町(やまとちょう)にある日本最大級の石造りアーチ橋で、豪快な放水などで観光スポットとしても有名です。
 実は、この橋は道路ではありません。通潤用水と呼ばれる農業用水路の重要な部分を構成する「水路橋」で、橋の内部には農業用水を通すための頑丈な石管が設けられています。

緑川等が削り取った深い谷に囲まれた白糸台地は、永く水や食料の不足に悩まされてきました。幕末近くの嘉永年間、惣庄屋の布田保之助(ふた・やすのすけ)は、その白糸台地に農業・生活用水を供給するための用水路の建設を熊本藩に申し出ます。当時の熊本藩は行財政改革を進めており、大規模な土木工事も地方・民間に移譲していたのです。
 石工や大工などの人力による工事は、約1年8ヶ月の期間と、地元負担など巨額の費用(現在の価値に換算すると約26億円になるとの試算もあります)をかけて、嘉永七(1854)年、通潤橋は完成しました。
 橋の長さは76m、橋の高さは20m。凝灰岩の継ぎ目を漆喰で固めた「吹上樋」という優れた技術・工法により、標高差のある白糸台地に水が吹き上げる仕組みになっています。通潤橋を渡った水は、現在も白糸台地上の約100haの農地を潤しているのです。
 これら歴史的な経緯も踏まえ、すでに1960年には国の重要文化財に指定されていましたが、2023年6月、文化審議会は通潤橋を国宝に指定するよう答申を行いました。

通潤橋は、2016年4月の熊本地震、18年5月の豪雨で石垣が崩落するなどの大きな被害を受け、今年も白糸台地の農地や用水路には被害が出ていると伺っています。通潤橋を維持・管理している主体は、地元の農業者等から構成される水利組合(土地改良区)です。豪快な放水も、元々は石管内部にたまった泥や砂を除くための農作業の一環なのです。
 この歴史的建造物が、地域の農業とともに、将来にわたって永く受け継がれていくことを強く願っています。

参考:
 通潤橋(山都町役場ホームページ。放水の動画も観られます)
 https://tsujunbridge.jp/

◆ ほんのさわり
 食や農の分野を中心に、考えるヒントとなる本を紹介します。
 (過去の記事はこちらに掲載)
 https://food-mileage.jp/category/br/

−富山和子『水の文化史−4つの川の物語』(2013.8、中公文庫)−
 https://www.chuko.co.jp/ebook/2014/11/515157.html
 (注:電子書籍しか掲載されていませんが、紙の書籍もあります。)

著者は1933年群馬県生まれ。出版社の編集者を経て、水、緑、土などについてユニークかつ先駆的な評論活動を続けて来られた方で、著者が監修された「日本の米カレンダー」は私も毎年愛用していました。
 1980年に初版が刊行された本書は、大規模な水源開発や河川改修が進められつつあった時代に、歴史的な観点を踏まえて、水と人間との関係について根本的な見直しを迫った名著です。

著者は淀川、利根川、木曽川、筑後川を訪ね、上流から下流までをめぐり歩いた結果、「日本の文化とは紛れもない川の文化であった」と結論付けます。例えば、京の文化も琵琶湖の漁民なくしてはありえなかったと。
 にもかかわらず、増大する京阪神の水需要に対応するための琵琶湖総合開発事業は琵琶湖の水位を低下させ、農漁業が培ってきた伝統的な自然とのつながり(農業用水路や漁法)を絶えさせてしまうのではと警鐘を鳴らしています。

干ばつに苦しんでいた筑後川中流域では、5人の庄屋が誓詞血判のうえ用水の開削を藩に願い出て、失敗した場合は磔(はりつけ)にするとの条件を受け入れた上で工事を行ったという史実も紹介されています。農業用水開削の歴史とは、農民たちの汗と血による凄絶な歴史だったのです。
 また、昔の農業的な水利用とは、都市的な一方的な水利用とは根本的に異なり、人と自然との間で水をもらったり提供したりする関係で、降った雨は土に返し、洪水時には溢れさせ、その氾濫原までも豊かな水田として活用するものだったことも紹介されます。

その農業用水が、経済の高度成長期に入り、都市により「征伐」されつつあるとのこと。「農業は水を使いすぎるので節約して都市に回せ」との主張に、著者は「節約すべきはどちらか」と憤ります。
 1974年の多摩川水害では、360年以上にわたって農業用水等を供給してきた二ヶ領用水の宿河原堰が堤防決壊の元凶とされ、爆破されてしまいます。
 このことを著者は、「農業に対する都市優位の、地方に対する大都市優位の論理が展開された」「自然への謙虚さを失った大都市が、自然とまだ謙虚に付き合っている人たちにより優位に立った」結果であると分析しています。

そして読者に対して、都市と農業の関係について「悩むことから出発して、ともに考えてほしい。つい二代か三代前まで、私たちはみな農民だったはずだから」と問いかけています。

◆ 情報ひろば
 拙ウェブサイトやブログの更新情報、食や農に関わる各種イベントの開催情報等をお届します。

▼ 拙ブログ「新・伏臥慢録」更新情報
 ○ 記録映画『出稼ぎの時代から』[7/4]
 https://food-mileage.jp/2023/07/04/blog-446/

○ 夢育て農園オープンデイ、中山間地域フォーラム[7/10]
 https://food-mileage.jp/2023/07/10/blog-447/

○ 菅野芳秀さんのお話を伺って思ったこと[7/17]
 https://food-mileage.jp/2023/07/17/blog-448/

▼ 食料・農業・農村基本法の検証・見直しに関するパブリックコメント等
 農林水産省は、5月29日に食料・農業・農村政策審議会 基本法検証部会により示された中間取りまとめに関して、パブリックコメントを実施中です(7月22日まで)。
 https://www.contactus.maff.go.jp/j/form/kanbo/kihyo01/kihonhou_iken_boshu.html
 また、7月から8月にかけて全国11都市において「地方意見交換会」を開催します。
 https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo01/230622_16.html
 ホームページには膨大な資料が掲載されていますが、興味・関心のある部分だけでも目を通して頂き、多くの方々が意見の提出や参加して下さることを期待しています。

▼ 筆者が関心のあるイベント等を勝手に紹介します。
 参加等を希望される際には、必ず事前に主催者にお問い合せ下さい。

〇 いま改めて、処理汚染水の海洋放出の問題を考える
 日時:7月23日(日)13:30〜16:00
 場所:オンライン(Zoom)
 主催:原子力市民委員会(CCNE)
 (詳細、問合せ等↓)
 http://www.ccnejapan.com/?p=13868

○ オンライン被ばく学習会
 「UNSCEAR報告書の甲状腺吸収線量は大幅な過小評価」
 日時:7月28日(金)19:00〜21:00
 場所:オンライン
 主催:放射線被ばくを学習する会
 (詳細、問合せ等↓)
 http://anti-hibaku.cocolog-nifty.com/

○ 未来につなぐスローフードな生き方
 −島村菜津さんと考える−
 日時:7月30日(日)14:00〜16:30
 場所:三軒茶屋キャロットタワー5F(東京・世田谷区太子堂4)
 主催:Seta Bio
 (詳細、問合せ等↓)
 https://www.instagram.com/p/Ct1l7WbSr6u/

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*米令寺忽々のコツコツ小咄。
 ロシアのウクライナ武力侵攻以来、お休みも長期化しています。過去のバックナンバーは拙ウェブサイトに掲載しています。
 https://food-mileage.jp/category/iki/

* 次号No.272は8月1日(火)[和暦 水無月十五日]に配信予定です。
 正確でより役に立つ情報発信等に努めていきますので、読者の皆さまのご意見、ご要望をお聞かせ頂ければ幸いです(本メールに返信頂ければ筆者に届きます)。

* 和暦については、高月美樹さん『和暦日々是好日』を参考にさせて頂いています。いつもありがとうございます。
 https://www.lunaworks.jp/

* 本メルマガは個人の立場で配信しており、意見や考え方は筆者の個人的なもので、全ての文責は中田個人にあります。
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◆ F. M. Letter −フード・マイレージ資料室 通信−【ID;0001579997】 
 発行者:中田哲也
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