【ブログ】吉村昭 書斎、都立横網町公園、「今夜はご機嫌」9月など

5月の新潟・上越市大賀田植えの際、頂いてきた苗をベランダに置いたコンテナに「田植え」していたのですが、穂が膨らんできました。実も入っているようです。
 残念ながら今年は現地での稲刈りには参加できませんでしたが、大賀をしのぶ「よすが」にはなりました。

 山形の生産者の方から取り寄せた枝豆(茶豆)は、酷暑だった今年も香りが高く美味。
 ご近所の方が、庭のスダチが豊作だったと配って下さいました。わが家のプランタでは全く花もつかなかったのですが。

ちなみに四半期ごとに変更している拙ウェブサイトのカバー写真、2025年10~12月期は2014年の大賀での稲刈り・はざ掛けの写真です(懐かしい。みんな若い)。

2025年9月21日(日)は、東村山市中央公民館で開催された大塚恵美子さんの講演会に参加。
 3期12年の市議も経験し、73歳の現在は「さあ全面市民活動だよ」とのこと。
 くめがわ電車図書館、(一社)半貧困ネットワーク、東村山エナジー等で幅広く活躍され、ご自宅も「住み開き」されています。「知った、気づいたことがあれば、それを伝えあいましょう」と訴えられました。
 後半は参加者全員で車座になり、意見交換などが行われました(残念ながら、私は所用があって途中退席)。 

9月24日(水)は、以前から行ってみたかった吉村昭 書斎へ。
 作家・吉村昭は1969年、妻の津村節子など家族とともに東京・三鷹市井の頭に転居してきました。この地に書斎や茶室も設け、『冷い夏、暑い夏』『天狗争乱』などの代表作を執筆し、2006年に79歳で亡くなるまで終生の居所となりました。吉村が「この世で一番安らぐ場所」としていた書斎が、三鷹市によって移築・公開されています。

 徹底した現地での取材を重視した吉村らしく、壁一面に天井まで届く書棚には、小説の舞台となった町村史なども揃っています。ちなみに文芸評論家の故・大河内昭爾は、司馬遼太郎の作品を「史談小説」、吉村の作品を「史実小説」と呼んでいます。

この間、地元で始まった子どもの居場所づくり、らんの会の活動(ヌスビトハギの除去など)、あすとも9月定例会にも参加。

9月30日(火)は、都立横網町公園へ。
 関東大震災で多数が遭難した陸軍被服廠跡地に建てられた東京都慰霊堂には、東京大空襲の犠牲者を含めて16万柱以上の御遺骨が安置されているそうです。

 「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」の斜面は草花で覆われています。季節ごとのデザインは都内在住の児童・生徒を対象に公募しているとのことで、この日も花壇の植栽作業が行われていました。
 公園内には震災遭難児童弔魂像、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑等もあります。

東京都復興記念館は、関東大震災や東京大空襲の惨禍と、復興事業を記念し永く後世に伝えるための施設で、多数の絵画や写真パネル、ジオラマ等の資料が展示されています。
 「かぼちゃをつくりませう」という幟を立てて行進する戦時中の女性徒の行列の写真、配給を受けるための米穀通帳なども展示されていました。

慰霊堂では「ゆめ供養」の塔婆を寄進させて頂きました。世界ぜんたいの平和が悲願です。日本庭園は一面のヒガンバナで真っ赤に埋め尽くされていました。

 隣接する旧安田庭園には多数の外国人観光客の姿。
 隅田川沿いをJR両国駅に戻り、時間調整のためにやむなく居酒屋さんで一休み。静岡おでんなど、なかなか美味でした。

18時30分からは、東京・京橋で月1回開催されている勉強会「今夜もご機嫌@銀座で農業」9月の会に参加。
 この日は蔦谷栄一先生から「関係人口と生産消費者~農村振興の現状と課題」と題するご講演。今回も資料は事前に配布して下さっています。イタリアの事例も引用しながら新たな関
係人口づくりへの取組が求められていること、地産地消をベースにした流域自給圏づくりが重要性であること等について説明があり、参加者との間で意見交換。
 さらにいつもの餃子屋さんで懇親会です(この日も吞み過ぎ)。

次回は10月30日(木)、図書喫茶カンタカ(東京・東村山市)を会場に音楽会を兼ねて開催される予定です。

 ところでトランプ大統領のガザ調停案には批判も多々ありますが、一日、一時間も早く停戦が実現することのであれば、私は歓迎したいと思います。

(ご参考)
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