【ポイント】
飢餓に苦しむ終戦直後の日本を救ったのは、民間団体・LARAを含む連合国からの救援物資であり、これらには日系人移民も深くかかわっていました。

ララ(LARA)とは、1946年にアメリカで発足した民間の援助組織であるアジア救済公認団体(Licensed Agencies for Relief in Asia)のことで、宗派を超えた宗教団体や社会事業団体など13の民間団体で構成されていました。
終戦直後の日本では、食料等の欠乏から多くの餓死者や戦争孤児が発生するなか、連合国から様々な援助を受けていましたが、1946年11月には最初のララ救援物資を載せた船が横浜に到着しました。
救援物資は食料(全体の8割近く)、衣料、医薬品、靴、雑貨等からなり、全国の1400万人の日本人に届けられたと伝えられています。1947年にはララ救援物資による学校給食も開始されました。
ララの母体となったのが、日系人が中心になって設立した「日本難民救済会」です。戦争中は「敵性国民」として強制収容されていた日系人たちが祖国の窮状を救おうと支援団体を設立し、ララ救援物資の約2割はアメリカをはじめとする日系人コミュニティが集めたものとされています。
なお、戦後のアメリカからの食料援助については(特に1954年からのPL(公法)480に基づくものは)、アメリカの穀物余剰の解消と日本人の食生活を変えさせるための謀略であったとの言説も広く存在しますが、一方で戦後の食料難の時代にアメリカからの支援は不可欠であったことも歴史的事実です。
出典:
F.M.Letter-フード・マイレージ資料室 通信-pray for peace.
No.335、2026年2月17日(火)[和暦 睦月朔日]
https://food-mileage.jp/2026/02/11/letter-334/
(配信登録(無料)はこちらから)
https://www.mag2.com/m/0001579997.html
(「オーシャン・カレント」のバックナンバーはこちら)
https://food-mileage.jp/category/pr/
(メルマガ全体のバックナンバーはこちら)
https://food-mileage.jp/category/mm/
