【ブログ】「入れ放題の豚汁の具」の向こう側

いよいよ「令和の百姓一揆2026」東京開催の日まで1週間。
 2026年3月29日(日)14時30分、消費者を含め多くの方に青山公園に集まり、後進に参加して頂ければと思います。農業・農村問題は都市の消費者の問題に他ならないのですから。

なお、前日夜には実行委員会代表・菅野芳秀さんのお話会を開催します。


会場は東日本大震災からの復興支援のために起業した東京・青山のトレジオン(コース料理、飲み放題付き)。
 ぜひ東北の美味しいものを楽しみに来て下されば幸いです。なお、オンラインでも同時に配信する予定です。お申し込みは以下からお願いします(アーカイブも配信予定)。
https://peatix.com/event/4908199/

そのようななか、3月22日付けの日本経済新聞最終面(文芸欄)に興味深い記事が掲載されていました。文筆家・海猫沢めろんさんの「定食と平和」と題するエッセイです。

筆者は「今日も600円台の定食を求めて、街をさまよっている」とのこと。
 安い定食屋さんが次々と消え、選ぶことができなくなり、あきらめに変わっている。「豊かさ」とは選択できることであり、効率の反対語であって余白の別名でもあるとしています。そして、失われた選択肢の輪郭を言葉に残すことこそが分断を超え、平和への第一歩であると主張しているのです。
 筆者は街をさまよった結果、「金がないので弁当屋の180円豚汁に落ち着く」とのこと。セルフスタイルなので「いくら具を入れても誰も文句は言わない」そうです。
 アメリカ・イスラエルのイラン攻撃によりますます物価が上がっている現在(むろん、戦争の本質は物価問題ではありませんが)、非常に考えさせられる、切実な、興味深いエッセイでした。

しかし本筋とは別に、正直、違和感を覚えたのも事実です。
 筆者(というより、私を含む多くの都市の消費者)には、「豚汁の具」を作っている人への想像力が基本的に欠けているのではないかと。豚汁の具は輸入品かも知れませんが、国内であろうと海外であろうと、その食べものをつくっている人のことを(産地や風土のことを)想像することが、私たちにはできなくなっているのではないでしょうか。
 消費者はコスパ(安い食べもの)・タイパ(簡便な食べもの)を追求してきた結果、そのしわ寄せが生産者に及び、生産コストが上昇するなかで農産物価格の低迷が続き、ついに「一揆」に立ち上がらざるを得ない状況に立ち至っているのです。

私たち消費者は、自分たちの食べものが(食べものに限られるものではないのでしょうが)、誰が、どこで、どのように生産されているかということに対する想像力を喪ってしまっているのです。生産者をリスペクトし、環境や自然への畏敬の念を意識して取り戻す必要があるのではないでしょうか。

(参考)
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