◇フード・マイレージ資料室 通信 No.281◇
2023年12月13日(水)[和暦 霜月朔日]
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◆ F.M.豆知識 市場メカニズムとは(米市場を例に)
◆ O.カレント 「神の見えざる手」
◆ ほんのさわり 高島善哉『アダム・スミス』
◆ 情報ひろば ブログ更新、イベント情報等
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2023年も残り少なくなりましたが、今年は「経済学の父」と呼ばれるアダム・スミス(1723〜1790)生誕300年目に当たる年でした。駆け込み的ではありますが、この機会にスミス経済学の中心にあるとされる「市場経済」について考えてみました。
本メルマガは、時の流れを体感するため、和暦の朔日(新月)と十五日(ほぼ満月の日)に配信しています。
◆ F.M.豆知識
食や農に関連して、特に私たち消費者にちょっと役に立つ、あるいは考えるヒントになるデータ等をコツコツと紹介します。
(過去の記事はこちらに掲載)
https://food-mileage.jp/category/mame/
−市場メカニズムとは(米市場を例に)−
【ポイント】
水田農業の有する多面的機能等に対する消費者の理解が深まれば、米の価格上昇と生産量の増加が同時に実現。
市場メカニズムとは、価格と生産量は需要と供給のバランスが取れたところ(均衡点)で自然に決定されるというものです。
リンク先の図281【1】は、現在の米市場です(あくまで単純化した概念図です)。
https://food-mileage.jp/wp-content/uploads/2023/12/281_DS.pdf
価格が高くなるほど供給量は増加するため供給曲線は右上がりに、逆に需要は減少するため需要曲線は右下がりになります。
仮に米が1万2千円の場合は供給量(900万トン)が需要量(500万トン)を上回るため、値下がりが起こり、最終的には需要と供給が均衡するE(10,000円、700万トン)に収束することとなります。これが現在、実現している米価と生産量です。
また、青い部分を消費者余剰(消費者一人ひとりが支払ってもよいと思う金額と,実際に支払う金額との差を足し上げたもの)、黄色い部分を生産者余剰(生産者一人ひとりが供給してもよいと思う金額と,実際に受け取る金額との差を足し上げたもの)といい、その合計(社会的余剰)は均衡点で最も大きくなります(これは、網掛けしてある均衡していない場合と比べても明らかです)。
【2】は、規模拡大や技術革新によるコスト低減があり、生産性が向上し、供給曲線が右下にシフトしたケースを示しています。生産量は増加し、余剰は【1】よりも大きくなることから、生産性の向上は消費者にも利益となることを示しています。しかしながら米価水準は低下し、小規模などコストを賄えなくなる生産者が増えることが予想されます。
【3】は、需要曲線が右方にシフトするケース示しています。これは、例えば水田の有する多面的機能等に対する消費者の理解が進み、現在より高い価格であっても米を購入してもよいという消費者が増えたことを示しています。【1】に比べて生産量が増加すると同時に米価も上昇し、消費者余剰、生産者余剰ともに増加することが分かります。
以上は非常に単純化したもので、現実の米市場には交付金や生産調整など制度的な要因も大きな影響を及ぼしていることに留意が必要です。
しかし、この単純なモデルからも、現在の米をめぐる課題(米価水準の低迷と生産量の減少(=食料自給率の低下)の解決のためには、消費者の行動変容が重要であることを示唆しています。
(資料)各種テキストを参考に筆者が作成。
◆ オーシャン・カレント−潮目を変える−
食や農の分野で先進的かつユニークな活動に取り組んでおられる方や、食や農に関わるトピックスを紹介します。
(過去の記事はこちらに掲載)
https://food-mileage.jp/category/pr/
−「神の見えざる手」−
【ポイント】
アダム・スミスは、このよく知られた言葉を一度も使ってはいません。
「豆知識」欄では、価格と量は市場メカニズムによって決定され、その均衡点において社会的余剰は最大となることを説明しました。
しかし、実は生産者も消費者も、社会的余剰が最大になることを目指して行動している訳ではありません。企業も消費者も、自分自身の「利益」を最大にするという「利己心」に基づいて自由に行動するだけで、「見えざる手」によって社会全体の利益が最大になるのです。
このメカニズムを発見したことで、アダム・スミスは「経済学の父」と呼ばれています。
1988年のベルリンの壁崩壊は、共産主義に対する資本主義(市場経済)の勝利を意味しました。スミスの後継者を自称する経済学者たちは自己を過信し、国家の関与はなるべく減らした「自由放任」が望ましいとする新自由主義、市場原理主義を提唱しました。この理論が世界を席巻した結果、2007年のグローバル金融危機を招き、気候危機や戦争もあって、改めて現代にふさわしい新しい経済学が求められているのです。
実は、スミスは著作の中で「神の見えざる手」「自由放任」という言葉は一度も使っていません(「見えざる手」という言葉は『国富論』には一度だけ出てきます)。スミスは決して「自由放任主義の元祖」ではないのです。
◆ ほんのさわり
食や農の分野を中心に、考えるヒントとなる本を紹介します。
(過去の記事はこちらに掲載)
https://food-mileage.jp/category/br/
−高島善哉『アダム・スミス』(岩波新書、1968.8)−
https://www.iwanami.co.jp/book/b267091.html
【ポイント】
市場メカニズムが発揮されるためには、その前提として道徳、共感が必要。
アダム・スミス研究の第一人者とされた著者(1904〜1990)が、1960年代に著した入門書です。記述の時代背景等に古さは感じるものの、いま読んでも多くの示唆に富んでおり、現に増刷が続けられているようです。
著者が本書でもっとも訴えたいのは、「いまなお残っている一知半解のスミス像(=自由放任主義の元祖)は、この辺でもうきっぱりと清算されてしかるべきではないか」ということです。
スミスの著作としては『国富論(諸国民の富)』が有名ですが、もう一冊の主著に『道徳感情論』があります。1759年に初版が刊行された本書は、『国富論』の刊行(1776年)を挟んで改定を重ね、最後の第6版が刊行されたのは亡くなる1790年のことでした。いわば『道徳感情論』こそがスミスのライフワークであり、『国富論』はその一部、分身なのです。スミスは経済学者である前に道徳哲学者だったのです。
『道徳感情論』の中でスミスは、「Sympathy」という人間の自然な感情の重要性を強調しています。「Sympathy」は本書では「同情」と訳されていますが、「共感」「同感」と訳されることもあります。人間は、他人の立場に身を置く(想像する)ことによって、その悲しみや喜びを感じることができる。これがモラルや良心を育むとしているのです。
スミスは、利己心こそが経済活動の原動力であるとしつつも、決して自分の利益追求のためなら何をしてもよいとしている訳ではありません。自由な経済活動の前提として、一人ひとりの道徳が不可欠であるとしているのです。
世界的に資本主義が行き詰まりを見せている近年、スミスを再評価する書籍が多く出版されています。1960年代の「スミス像を清算すべき」との著者の訴えは、現在、実現しつつあるのです。
(参考)
以下は近年、出版されたアダム・スミス関連の書籍のなかで、特に印象に残ったものです。
1 高 哲男『アダム・スミス−競争と共感、そして自由な社会へ』(2017.5、講談社)
2 ジェシー・ノーマン『アダム・スミス−共感の経済学』(2022.2、早川書房)
3 カトリーン・マルサル 『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? 』(2021.11、河出書房新社)
(3はジェンダーの観点からの現代経済学批判という興味深い内容ですが、スミスに関しては一面的な(通俗的な)評価にとどまっているところは残念です。)
◆ 情報ひろば
拙ウェブサイトやブログの更新情報、食や農に関わる各種イベントの開催情報等をお届します。
▼ 拙ブログ「新・伏臥慢録」更新情報
○ ポール de ウォーク小さな旅 田無の歴史[11/27]
https://food-mileage.jp/2023/11/27/blog-474/
○ 2023年 新潟・大賀の収穫祭[11/28]
https://food-mileage.jp/2023/11/28/blog-475/
○ 川崎平右衛門フェスタ2023 & 「農あるまちづくり講座 in 所沢」第2回[11/30]
https://food-mileage.jp/2023/11/30/blog-476/
○ 「ふっふっふ」の大豆収穫ボランティア(埼玉・ときがわ町)[12/4]
https://food-mileage.jp/2023/12/04/blog-477/
○ 川崎平右衛門フェスタ2023 in 西東京市[12/12]
https://food-mileage.jp/2023/12/12/blog-478/
▼ 筆者が関心のあるイベント等を勝手に紹介します。
参加等を希望される際には、必ず事前に主催者にお問い合せ下さい。
〇 「人間とは何か?」研究会 集中セミナーシリーズ
日時:主に12月と1月の土日祝
場所:オンライン(Zoom)
主催:共調的社会脳研究会
(詳細、問合せ等↓)
https://sites.google.com/view/csbg/seminar
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*米令寺忽々のコツコツ小咄。
ウクライナやガザの情勢に好転はなく、今年も再開できないままで終わりそうです。過去のアーカイブは以下に掲載しています。
https://food-mileage.jp/category/iki/
* 次号No.282は12月27日(月)[和暦 霜月十五日]に配信予定です。本年最後の配信は、恒例の2023年の振り返りの予定です。
正確でより役に立つ情報発信等に努めていきますので、読者の皆さまのご意見、ご要望をお聞かせ頂ければ幸いです(本メールに返信頂ければ筆者に届きます)。
* 和暦については、高月美樹さん『和暦日々是好日』を参考にさせて頂いています。いつもありがとうございます。
https://www.lunaworks.jp/
* 本メルマガは個人の立場で配信しており、意見や考え方は筆者の個人的なもので、全ての文責は中田個人にあります。
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◆ F. M. Letter −フード・マイレージ資料室 通信−【ID;0001579997】
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