【ほんのさわり】トンプソン『食農倫理学の長い旅』

−ポール・B・トンプソン『食農倫理学の長い旅−<食べる>のどこに倫理はあるのか』(2021年3月、勁草書房)−
 https://www.keisoshobo.co.jp/book/b557039.html

原著のタイトルは“From Field to Fork − Food Ethics for Everyone”。
 食農倫理学(Food Ethics)という言葉は私は初めて聞きましたが、農場から食卓まで全ての人にとっての「良い食」について考察する分野のようです。

大部で、しかも必ずしも読みやすいとは言えません。それは「良い食とは何か」という単純な答えを与えてくれていないためです。
 例えば動物福祉の関係では、放し飼いされた鶏は本性に基いて「つつき合い」をして弱い個体にストレスや暴力を及ぼす面があること、菜食主義の主張は食の多様性(肉を食べるささやかな喜び等)を無視(軽蔑、礼を失)した簡略化を伴っていること、遺伝子組換えなどバイオテクノロジーは世界の貧困層の飢餓の克服(社会的公正の実現)という面では非常に有用であること等が論じられています。
 また、「たちまち多くの人を惹きつけた」フードマイルについては、「単純に説得力に欠けているためバブルは弾けた」ものの「より環境的に持続可能な消費の選択を目指す」思考を刺激したものと評価しています。
 さらに、都市部の人々の「フードリテラシー」(その食べものがどこから来ているのか、どのように生産されているかについての一般知識)の喪失に強い懸念が表明されています。

著者によると、現在の食や農については、市場や生産性、規模拡大を重視する「産業哲学」と、地産地消やスローフード、小規模農家を尊重する「農者(アグラリアン)哲学」がせめぎ合っているとのこと。
 しかし著者が重視しているのは二分法ではなく、拙速な議論を避け、問題が交差する点で出会った誰とでも(反論を受けても)忍耐と敬意をもって「寛容な対話」を行い、つながりや摩擦を探っていく姿勢であるとしています。
 間違いなく座右の書の一冊となるであろう本と巡り会えた幸福感を、年初に味わうことができました。

出所:
 F. M. Letter -フード・マイレージ資料室 通信-
 No.233、2022年1月3日(月)[和暦 師走朔日]
  https://www.mag2.com/m/0001579997.html
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