【ブログ】市民研特別講座・著者に尋ねる『フード・マイレージ』

2022年5月12日(木)、NPO市民科学研究会(市民研)特別講座「著者に尋ねる」の一環として、拙著『フード・マイレージ(新版)』(2018、日本評論社)を取り上げて下さいました。

参加(オンライン)して下さったのは、九州在勤・在住中にお世話になった方(恐縮です!)を含めて20名ほどです。

市民研・上田昌文代表から丁寧な紹介を頂いた後、まず、私からスライドを用いて本の概要を説明。
 表紙には「一日も早い戦火の終息を心から祈ります」との声明
 また、意見等は全て個人的なものであることをお断りした上で、自己紹介から説明に入りました。

大きな図はこちらから(以下、同じ)。

フード・マイレージとは、イギリスの “Foodmiles運動” を参考に、農水省・農林水産政策研究所(篠原 孝所長(当時))において考案された指標。
 「輸送量×輸送距離」という単純な指標ながら、食と農の間の距離(感)、輸送に伴うCO2排出量が把握できる等の特色がある。

研究所で最初に取り組んたのは、一定の仮定の下で、輸入食料のフード・マイレージを計測すること。

その結果、日本のフード・マイレージの総量は主要先進国の中で突出して大きいことが明らかに。穀物(家畜のエサなど)と油糧種子(大豆や菜種)が大きな部分を占めていること、アメリカなど特定の国に偏っている等の特色がある。

なお、フード・マイレージ(総量)の世界一は、計測はしていないが中国であること(1人当たりでは、主要国の中ではおそらく日本が世界一)も補足。

日本のフード・マイレージは長期的にみて大きく増加してきている。

また、輸入食料の輸送の過程で排出されるCO2は約1700万トンと試算され、これは、家庭における温度管理やテレビ視聴を減らすことによるCO2削減効果と比べても非常に大きい。

地産地消には、輸送に伴うCO2排出量を削減するという面でもメリットがある。

 石川県産食材を用いた献立のケーススタディによると、県産食材を用いた場合は、市場で輸入食材を含めて調達・使用した場合と比べて、フード・マイレージは256分の1、輸送に伴うCO2排出量は44分の1程度に削減されると試算される。

しかし、フード・マイレージには限界・問題点があることに留意するこさが必要。
 一つは、輸送機関によってCO2排出量に大きな差があること(輸送距離そのものよりもモーダルシフトが重要であること)。もう一つは、LCA分析によると輸送に伴う排出量の割合は5~10%程度と大きくないこと(生産方法、旬産旬消、ロス削減等が重要であること)。

一方で、自分たちの食生活を見直せば(過剰気味の畜産物や油脂の消費を減らし、米や野菜の消費を増やせば)、栄養バランスの改善により肥満が解消されるだけではなく、食料自給率の向上、フード・マイレージの削減にもつながる。つまり、自分の健康と地球の健康は一つ。

 さらには、フード・マイレージを意識することは、生産者や産地(風土や歴史)を想像する、身近に感じるよすがになること等を説明させて頂きました。

本の内容の紹介は以上ですが、最近のトピックスについても紹介。
 一つ目は新型コロナウィルスの感染拡大(パンデミック)の影響についてです。

 世界的に国際物流のリスクが大きくなっており、食料の国際価格も上昇。
 そのなかで、貿易収支をみても日本の購買力はぜい弱化しており、かつてのようにお金さえ出せばいくらでも海外から食料を調達できるという状況ではなくなっている。

二つ目は、ロシアによるウクライナへの武力侵攻。
 国際的な食料需給の混乱はさらに大きくなり、小麦など世界の食料の価格は過去最高水準に高騰している。
 日本でも輸入小麦の価格が上昇する一方で、主食である米の価格は下落傾向にある。コロナ禍に伴う消費減による古米等の在庫増が背景にあるが、現在の国内在庫・備蓄の水準では輸入小麦の全量を代替できるわけではない。

そのようななか、日本の消費者の米の購買行動をみると、より安価なドラッグストアやディスカウントストアで購入する割合が増えている。

これらの背景には、食(食卓、消費者、都市)と農(産地、生産者、農村)の間の距離が離れていることにあるのではないか。自分としては、距離を縮めて「顔の見える関係づくり」を進めていくことが重要と考えている。
 その一つの試みとして、昨年6月~本年3月まで9回にわたって「食と農の市民談話会」(市民研主催、以下「談話会」)を開催。

もう一つ、自分が大切に思っていることは、現地を訪ねるということ。
 近年は、残念ながらコロナ禍であまり出掛けられていなかったが、今年に入ってから訪問させて頂いた熊本・山都町(植樹、通潤橋(農業用水の通水橋)、有機茶園など)と、会津・喜多方市山都(堰浚い、放牧豚)において見聞きしたこと、体験さたこと等を紹介させて頂きました。

説明は短めにと心がけていたのですが、結局、1時間近くかかってしまいました。
 後半は、まずは進行役の市民研・上田代表から、さらには参加者の方々との間での意見交換です(以下の参加者の方の発言部分も含め、文責は中田にあります)。

冒頭、上田代表からは「子ども達にとって自炊できる力が必要と考え、これまで市民研でも色々と取り組んできており『めざせ、子どもシェフ!』という新たな事業も始めた。
 日本人の食生活がこれほど大きく変化した要因はどこにあると考えているか」との質問。

私からは「基本的には日本人が西洋風の食生活パターンを選んできたことにあるのでは」等と回答。

関連して別の参加者の方から「アメリカの食糧援助や輸出戦略の影響も大きかったのでは。脱脂粉乳を覚えている」とのコメント。
 第6回の市民談話会における平賀 緑先生(京都橘大)のお話を思い出しました。

別の方からは
 「産業構造が変化し農業従事者が減少している。食料安全保障や自給率向上について国は色々と健闘しているのだろうが、一般市民にはどのような絵が描かれているのかがよく見えない」等の意見。
 私からは、自給率の目標を定めている食料・農業・農村計画や「みどりの食料システム戦略」の概要について説明。

九州在勤中にご指導を頂いた徳野貞雄先生(熊本大学名誉教授、農村社会学)も参加して下さり、コメントを頂きました。
 「戦後の触接活の大きな変化に政策の影響があったことは認めるが、より大きな要因として、旧い封建的な農村よりも未来のある都市を選ぶという日本人全体の価値観があったのではないか。都市に人口が集中し、より豊かな食生活を求めて世界中から食料を輸入するようになった。一番しんどいのは、国内生産や農家の応援することの重要性を消費者に分かってもらうこと。なかなか振り向いてもらえないのが現実」

拙著p.22の「消費者の分類」の図が「興味深かった。右上の5%の『期待される消費者』とは、結局、経済的に余裕のある人ではないか」とのコメントを下さった方も。
 この図は徳野先生のご著書から引用させて頂いたもので、作成者の徳野先生ご自身が直接回答して下さいました。参加して下さっていた佐藤弘さん(西日本新聞社)が、手際よく、図を共有して下さいました。

左は講座の中で佐藤弘さんが共有して下さったもの。
右は本図(原図)も掲載されている徳野先生のご著書(2007年、NHK生活人新書)。

徳野先生からは
 「この図は、もともと合鴨農法のお米をどの位の消費者が買ってくれそうかという問題意識で行ったアンケート調査の結果。
 その後、日本の家族構成は大きく変化し、単身世帯が大幅に増えて40%近くになっている。一人暮らしだと自宅で米を炊く機会も乏しくなる。食や農を考える場合、国民の生活や暮らしの変化に着目する必要がある」等のコメントを頂きました。

神奈川県で国産小麦の普及活動に取り組んでおられる方からは、
「広告代理店で農薬の販促を担当していたが脱サラし、自分でも小麦を栽培しながらパン屋を営んでいる。ウェブサイトで情報発信にも取り組んでいる。そもそも国産小麦を使っているパン屋は多くなく、全国の国産小麦パン屋さんの検索サイトも開設している」等の紹介。

市民談話会(第8回)で話題提供して下さった赤木美名子さん(新潟・上越市大賀、もんぺ製作所)も参加して下さいました。 
 「東京では消費者だったが、新潟の山間部に移住して生産者にもなった。もともと食べることが好き、お米が好き。小学校3年生の娘は、毎日、給食で何を食べたかを報告してくれる。食べることを楽しむために何ができるかを、娘に日々教えてもらっている」等の感想。

同じく、第1回の話題提供者である小谷あゆみさん(農ジャーナリスト)からは、 
 「日本人の米の消費量は大きく減少し、米を食べる文化が失われつつある。一方で、青森県では飼料米で豚を飼養している生産者の方がいる。地域の230戸の米農家とつながることで、地域の中で顔の見える関係ができている。地産地消で消費者も安心感が得られる。小さな自給圏を作っていくことが大切」等のコメント。

談話会(第5回)で話題提供して下さった八幡名子さん(東京・八王子市、巻き寿司やさん)は、先日の福島・喜多方市山都での堰浚い(農業用水路の管理作業)にも一緒に参加して下さいました。
 「行ってよかった。都会には無い山や田んぼの景色にほっとした」等の感想を述べて下さいました。

岩手山麓で秘伝大豆を生産し、有機認証活動等にも取り組んでおられる方も参加して下さいました。
 「これまで農業は経済的価値観だけで捉えられてきたが、これからは環境やコミュニティの観点が重要になってくるのではないか。消費者に理解してもらえる一つのチャンスが来ているのでは」等のコメントを頂きました。

山梨・上野原市西原(さいはら)に蕎麦づくり等に通っておられる方からは、「西原での体験を通じて、本当の豊かさは何かが分かってきた」等の紹介。

他にチャットでは、ビルでの水耕栽培(「店産店消」)や代替肉原料としての大豆国産化の取組みを紹介して下さった方、「著書の中でフードファディズムが紹介されていたが、食べものに限らず、身近なところ(仮)から知識が得られなくなっていることが問題と感じた」と感想を述べて下さった方も。

21時過ぎに終了。参加して下さった皆様、主催者の上田代表に感謝申し上げます。
 参加者の方から、もっと様々な意見やコメントを伺いたかったと痛感しています。全ての参加者の方にご発言頂けず、私の説明が長いのが良くなかったと反省しています。

 頂いた有意義なコメント等は、私自身の今後の活動に活かしてまいります。
 また、参加者同士の間で横のつながりができるきっかけになれば、素晴らしいと思います。