【オーシャン・カレント】谷 咲月(さつき)さん

谷さんは静岡県の出身。東京で会社員をしていた2011年4月、目にした悲惨なニュースに大きな衝撃を受けました。原発事故により立入りが禁止された区域内で、置き去りにされた馬や牛が次々に餓死している様子が報じられていたのです。

何とか助けたいと思った谷さんは、情報を収集し発信する活動を始めたところ、現地の方から「助けに来て欲しい」という要請が来たのです。谷さんは、東京から福島・浜通りに足を運びました。
 一時立入りの許可を得て警戒区域内に入った谷さんは、馬やポニーは救出された一方、牛の多くは牛舎につながれたまま死亡するなか、自力で山に逃げて生き延びている牛がいることを知りました。

しかし、立入禁止区域内に十分な飼料を継続的に届けることは困難です。
 一方、区域内には多くの農地もあります。農家の方たちは、先祖代々守り抜いてきた田畑を自分の代で荒らしてしまうことに、大きな罪悪感を持っていました。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】山田みきさん(笑むすび∞)

おむすびのケータリング事業等を行う「笑むすび∞」(わらいむすび、笑むすび合同会社)代表の山田みきさんは、福島・会津喜多方市の米農家のご出身。
 かつて地球一周を目指したこともある山田さん。現在はバックパックに「コメ」と「ユメ」を詰めた「ライスパッカー」として、おむすびを通して人と人、笑いと笑いをむすぶ活動を展開されています。

山田さんがおむすびのケータリング事業を始められたきっかけは、2011年3月の東日本大震災と原発事故でした。
 故郷・福島が元気を失ってしまったなか、「今の私にできることはなんだろう」と考え抜いた末、その答は日本人の食の基本「お米」にあることを発見。福島のお米が安心で美味しいことを、おむすびを作って伝える取組みを始められたのです。

山田さんのおむすびは、実家である農業法人(有)やまだズ。の特別栽培米のご飯に、東北各地の具材を細かく刻んで混ぜるというスタイル。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】逢坂 泰精さん

シンガー・ソングライターの逢坂泰精(おおさか やすきよ)さんは、大坂・枚方市の出身。
 1999年BMGJAPANよりデビュー。 ラジオ音楽番組の司会等としても活躍した後、2006年にはインド放浪の旅の体験も踏まえて構想を練ったフルアルバム「もののあはれ」をリリース。
 現在、ワンマンライブ、作詞等で活躍中です(SMAPに詩を提供されたこともあるそうです)。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】八幡名子さん


 八幡名子(やはた・めいこ)さんは大阪府の出身で現在は八王子市在住。
 美術大学を卒業し映像の制作・編集に携わる一方、「食べる通信」や「ポケットマルシェ」を通じて全国の農家や漁師さんと出会い、あるいは地元の伝統野菜等の生産者の方たちと交流する中で、「食」の大切さや楽しさに改めて気付いたそうです。

名子さんは、それを単なる個人的な「気付き」で終わらせず、多くの人たちに広めていくための様々な具体的な実践につなげられています。
 例えば昨年12月26日(水)に開催された「車座座談会・大忘年会」の際には率先して料理を担当して下さったり、山梨で新規就農した女性のところに手伝いに行ったり。

また、2018年度巻寿司大使、JSIA(寿司インストラクター協会)認定の飾り巻き寿司1級インストラクターとして、首都圏を中心に巻き寿司教室を開催されています。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】2018年の振り返り(index)

2018年も、食や農の分野について先進的かつユニークな活動に取り組んでおられる方や、食や農に関わるトピックスなど24事例を紹介してきました。
 拙ウェブサイトにまとめて掲載してあります。個別の記事は、それぞれのリンクをご覧下さい。
 http://food-mileage.jp/category/pr/

(たんたんぺろぺろ(福島・広野町)、No.141 掲載)… 続きを読む

【オーシャン・カレント】浪江まち物語つたえ隊

福島県浪江町(なみえまち)は、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故により、全ての町民が避難を強いられました。

翌2012年、避難先の仮設住宅で暮らしていた町民の方たちが立ち上げられたのが、浪江まち物語つたえ隊です。
 帰れない故郷の記憶、地域に伝わる昔話、東日本大震災や原発事故の体験等を、風化させないように紙芝居を通して伝えるという活動を始められたのです。

仮設住宅から始まった活動は、賛同した避難先の住民の方たちも加わるなどして次第に広がっていきました。
 紙芝居に加えてアニメーションも制作し、日本国内各地のみならず、海外においても上演・上映が行われています。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】新嘗祭(勤労感謝の日)


 明日(11月23日)は勤労感謝の日。戦後(1948年)制定された祝日法では「勤労をたっとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」国民の祝日とされています。

この日は、もともと宮中行事である新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)が行われる日でした。
 新嘗祭とは、天皇が米を始めとする新穀を神に捧げ、自らも食することで、収穫に感謝するとともに、毎年の稲作豊穣を祈るというもので、宮中行事の中でも最も重要な儀礼とされています。
 また、新たな天皇が即位して最初に行う新嘗祭は、特に大嘗祭(だいじょうさい)と呼ばれ、天皇の代替わりに伴う国家最高の儀式とされています。

新嘗祭・大嘗祭は、天武天皇(在位673~686年)の頃に始まりました。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】小松理虔さん

小松理虔(こまつ・りけん)さんは1979年福島・いわき市小名浜生まれ。
 東京の大学(文学部)を卒業後、地元テレビ局の社会部記者、中国・上海での日本語雑誌の編集や通訳等を経た後、東日本震災後の2012年からは地元のかまぼこメーカーの広報担当として、SNSも駆使し、福島の食に関する情報を全国に向けて積極的に発信されてきた方です。

現在はフリーランスの立場から、ローカル・アクティビスト(地域活動家)として、地域の食、福祉、観光、アートなど、様々な分野における企画や情報発信に取り組んでおられます。
『新復興論』(2018.9、ゲンロン叢書)(「ほんのさわり」欄参照)、『常磐線中心主義-ジョーバンセントリズム』(2015.3、共著、河出書房新社)等の著書もあります。

小松さんの多彩な活動の拠点となっているのが、小名浜中心部の商店街の一画にあるオルタナティブスペース「UDOK.」。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】霞ヶ関ばたけ


 隔週水曜日の出勤前の時間、東京・千代田区霞ヶ関で食や農林水産業をテーマに開催されている勉強会です。
 参加者は若い方が中心ですが、ビジネスパーソン、大学生、公務員など、食や農、あるいは地域づくり等に関心がある人なら誰でも参加できます。
 毎回1人、様々な分野のゲストの方をお招きして話を聞き、参加者とともに議論を深めることで、ゲストと参加者あるいは参加者同士の交流をつくる場にもなっています。

代表をされているのが松尾真奈さん。
 農林水産省の若手女性職員で、1歳の子どものお母さんでもあります。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】清水農園・清水茂さん(東京・武蔵野市)

桜橋というバス停の近く、玉川上水の流れのほとりに国木田独歩『武蔵野』の文学碑があります。もっとも独歩が描いた風景の面影はなく、現在はほとんどが市街地になっています。
 徒歩で10分ほど進むと、住宅やこども園に囲まれた20アールほどの畑が見えてきます。市街地の中では防災等の観点からも貴重なオープンスペースでもあります。
 ここが清水茂さんの農場・清水農園です。

去る9月16日(日)に訪ねた時には、子どもを含む10数人の方たちの姿がありました。こだわりのたくわん作りをされているグループの方たちで、この日は清水さんの指導の下、たくわん用の大根の種まきをされていたのです。
 中心になっておられる方は、以前、近隣の幼稚園に通い、在園時は清水農園で農業体験もしていたという子どものお母さんで、活動は今年で9年目になるそうです。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】子規にとっての食


 東京・根岸に正岡子規が早すぎる晩年を過ごした「子規庵」があります。
 子規は慶応3(1867)年、現在の愛媛・松山に生まれました。16歳の時に上京して東京大学予備門に入学しましたが後に中退、記者として日清戦争に従軍した後に喀血し、闘病生活を送りながら俳誌『ホトトギス』等を舞台に俳句・短歌の革新運動に取り組みます。

やがて肺結核はカリエスに進行し「まるで阿鼻叫喚のような地獄」に陥るなか、子規は「薬も後もその他の療養法も小生には施し難き」とする一方、「ただ小生唯一の療養法は、うまい物を喰ふこと」と記しているのです(『墨汁一滴』、明治34年4月20 日付けの記事)。
 その通り、子規は病人とは思えないほどの健啖家ぶりを発揮します(「ほんのさわり」欄参照)。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】柏木智帆さん

柏木智帆(かしわぎ・ちほ)さんは神奈川県の出身。新聞記者としてお米やお米文化についての取材活動を続けるうち、「これはただの農産物ではない」とお米に魅せられていきます。

ついに「現場を知らずに記事を書くのはもどかしい」と8年勤めた新聞社を脱サラ、千葉県の営農組合に転職されました。ここで米生産の作業を学び、翌年には「無謀にも」(本人談)独立、45アールの水田で機械も農薬も使わずに米生産に取り組みます。
 また、中古車を改造して炊飯器を積載、おむすびの移動販売も始められます。しかしキッチンカーが故障で廃車になったこともあり、改めて「米の消費拡大のために自分だからできることをやっていこう」と考え、鍬を再びペンに持ち替えました。
 現在はフリーランスの「お米ライター」として活躍中です。

お米を中心とした日本の食文化の再興、お米の消費拡大等をテーマに、新聞、雑誌、ネット、ラジオ等の媒体を通して、あるいはワークショップの講師等として、積極的に情報発信されています。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】米穀通帳


 お米を買うのに「通帳」が必要な時代がありました。
 「豆知識」欄でも紹介したとおり、戦争が拡大するなか、国内の農業生産が次第に停滞・減少し、同時に朝鮮等からの輸入も困難となったことから、日本は深刻な食糧不足に直面することとなりました。

このようななか、太平洋戦争の最中の1942(昭和17)年に制定されたのが食糧管理法(食管法)です。
 これは、米、麦、イモ等の生産・流通・消費を国家一元的に管理することによって、食糧を国民が平等に入手できるようにすることを目的としたものでした。
 生産者には公定価格による政府への売渡(供出)義務が課され、販売には許可制度が設けられました。そして、全国の消費者は、米穀通帳がなければ米を購入する(配給を受ける)ことができなくなったのです。… 続きを読む

【オーシャン・カレント】昭和館


 東京・千代田区九段南にある昭和館は、戦中・戦後に国民が経験した労苦についての歴史的資料を収集、保存、展示し、後世代の人々に伝えていくことを目的として、1999(平成11)年に開館した国立の施設です。

食に関しても様々な展示があります。
 例えば「統制下の暮らし」のコーナーには、食料不足が深刻化するなかで実施された配給制度に関する実物資料(配給切符等)、「節米運動」を奨励するポスター(「兵隊さんのことを思えば、銃後の国民が米のゴハンで満腹するなどバチが当たる」)等が展示されています。

また、防空壕に避難するときの携帯食料(乾パン等)や、戦後の闇市の「残飯鍋」、援助物資により再開された学校給食を再現した展示等もあります。「体験コーナー」では一升瓶に入れた玄米を棒でつく(簡易精米)体験もできます。
 展示物の多くが「実物資料」だけに、その時代を証言する力には迫力があります。… 続きを読む