【ほんのさわり】正岡子規『仰臥漫録』

-正岡子規『仰臥漫録』(1983/11、岩波文庫)-
 https://www.iwanami.co.jp/book/b248901.html

 病床において子規は多くの優れた随筆・日記文学を残しますが、その一つ『仰臥漫録』(ぎょうがまんろく)は他人に見せることを想定していなかった私的な日誌であるため、子規自身の率直な思いや身の回りの出来事が綴られています。
 自ら寝返りを打つこともできない子規は、仰向けに寝たまま、日々食べたものについても克明に記録しました。

例えば, … 続きを読む

【オーシャン・カレント】子規にとっての食


 東京・根岸に正岡子規が早すぎる晩年を過ごした「子規庵」があります。
 子規は慶応3(1867)年、現在の愛媛・松山に生まれました。16歳の時に上京して東京大学予備門に入学しましたが後に中退、記者として日清戦争に従軍した後に喀血し、闘病生活を送りながら俳誌『ホトトギス』等を舞台に俳句・短歌の革新運動に取り組みます。

やがて肺結核はカリエスに進行し「まるで阿鼻叫喚のような地獄」に陥るなか、子規は「薬も後もその他の療養法も小生には施し難き」とする一方、「ただ小生唯一の療養法は、うまい物を喰ふこと」と記しているのです(『墨汁一滴』、明治34年4月20 日付けの記事)。
 その通り、子規は病人とは思えないほどの健啖家ぶりを発揮します(「ほんのさわり」欄参照)。… 続きを読む

【豆知識】明治時代の食生活

現代の「飽食」を嘆くあまり、江戸時代や明治時代の食生活が理想的であったとする説がありますが、実際に明治時代の食生活はどのようなものだったでしょうか。
 リンク先の図106は、1人1日当たりの供給熱量の品目別の構成比について、明治時代と現在とを比較したものです。
 http://food-mileage.jp/wp-content/uploads/2018/09/106_meiji.pdf

 これによると、明治時代末(統計が残っている最も古い1911(明治44)~15(大正4)年平均)の1人1日当たり供給熱量は2,124kcalでしたが、これが現在(2015(平成27)年)には 2,416kcal … 続きを読む

【ブログ】みかん農家のお手伝い(愛媛・宇和島市吉田町)

32018年9月22日(土)は3連休初日。満席のJAL433便は、定刻9時55分に小雨模様の羽田を出発。
 途中から天候は回復。瀬戸内の島々を眺めているうち、ほぼ定刻の11時20分に愛媛・松山空港に到着。

早い便で着いていた大塚洋一郎さん(NPO 農商工連携サポートセンター続きを読む

【ブログ】市民科学談話会(原発事故と飯舘村)

2018年9月12日(水)の終業後は、東京・湯島の市民科学研究室(市民研)へ。リビングサイエンス(生活者にとってよりよい科学技術)の研究・提言を行っているNPOです。

昨年11月に移転した新しい事務所に来るのは初めてだったのですが、途中、寄り道して神田明神に参拝などしているうちに道に迷ってしまい、19時を数分回って到着。

市民科学談話会「… 続きを読む

コツコツ小咄まとめ(2018.9/10~14)

2018. 9/10(月)
 東京・神楽坂で広島にボランティアに行っておられた方の報告をお聞きした今夜のコツコツ小咄。
「昭和19年の9月9日は忘れられん。学生だったのに軍需工場に動員されんじゃ」
「重陽(徴用)の節句だったんですね」… 続きを読む

【ほんのさわり】原田信男『コメを選んだ日本の歴史』

-原田信男『コメを選んだ日本の歴史』(2006/5、文春新書)-
 https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166605057

1949年生まれの著者の専門は生活文化史で、食文化についても多くの著作があります。本書は、日本の歴史を通して、いかに米が大きな役割を果たしてきたかを明らかにしています。

弥生時代に渡ってきた水田稲作システムは、日本の人口や社会に大きなインパクトを与えました。
 その生産力の高さにより社会的剰余を生み出すことで、クニ(古代国家)の形成が始まり、やがて激しくなった戦争(軍事力の背景にも米がありました。)を経て統一国家(ヤマト政権)が成立します。… 続きを読む