【ポイント】
原発事故後、一時期は1000箇所を超えていた除去土壌等を保管する仮置き場等の箇所数は現在までに急速に減少しています。

私事で恐縮ながら、東日本大震災・原発事故の後、最初に福島・浜通りをボランティアで訪ねたのは2011年6月のこと。水田に打ち上げられ横倒しになったままの漁船の姿などに息を飲みました。その後、ふくしまオーガニックコットンのツアー等で何度も訪ねるうち、がれき(よくない言葉ですね)等の撤去がどんどん進む一方で、逆に目についてきたのが黒いフレコンバッグの山でした。
除染が進むに連れて大量に発生した除去土壌等を詰めたもので、国道沿いの仮置き場にも積み上げられたフレコンバッグの山を車窓から見るたび、その膨大な量に圧倒される思いがしました。
しかし、この山は次第に目立たなくなり、やがて視界から消えていきました。リンク先の図321は、除去土壌等を保管している仮置き場等の箇所数の推移を示したものです。… 続きを読む














