【ブログ】ぶらり歴史(と自然)散歩-奄美の戦跡など[前半]

奄美は父祖の地です。
 父親を早くに亡くし、親類の多くも(先祖代々の墓とともに)埼玉に移ったこともあって、すっかり縁遠くなってしまいました。本当に久しぶりの訪問です。

 2023年9月12日(火)は好天。7時45分羽田発SKY303便は満席。鹿児島空港で乗り継いだ10時10分発SKY381便もほぼ満席です。
 眼下にエメラルドグリーンのサンゴ礁の海が近づいてきたと思うと、1時間ほどで奄美空港に到着。空港近くでレンタカー。

最初に向かったのは、龍郷町大勝村。幼い頃は、父に連れられて何度も来た地。多くの親戚が集まった広い座敷と高倉。ソテツの赤い実などが記憶の底に残っています。… 続きを読む

【オーシャン・カレント274】家庭備蓄ポータル(農水省HP)

各地で大規模な災害が頻発するなか、食品の家庭備蓄の一層の普及を図ることを目的として様々な情報を集約したポータルサイトです。
 掲載されている「災害時に備えた食品ストックガイド」には、最低3日〜1週間分の備蓄が望ましいとしており、例えば1週間分・大人2人の場合、米は2kg×2袋、カップめん類6個、缶詰18缶等のほか、たまねぎ・じゃがいも等の日持ちする野菜類、煮干し・のり・乾燥わかめ等が例示されています。
 また、要配慮者(乳幼児、高齢者、慢性疾患・食物アレルギーの方)向け、単身者向けのガイドも公開されています。

本ガイドでは、ローリングストック(好みの食品を普段から多めに買い置きし、賞味期限の近いものから順次消費すること)等により、日常の一部として無理なく楽しみながら備蓄していくことの重要性が強調されていますが、1週間分の備蓄食料を日頃から備えることは簡単ではないことが分かります。
 しかし、東京圏への人口等の一極集中が進むなかで首都直下地震が想定される現在、少なくとも東京圏の居住者にとっては、家庭での食料備蓄は欠かせないものと思われます。… 続きを読む

【ブログ】持続可能な食とは(『鯨のレストラン』)

自宅近くに一画を借りている市民農園。
 9月に入っても、ナスは元気です。というか、栽培方法もかけた手間も例年と変わらないのですが、今年は異常にと言っていいほど実を付けてくれます。気候条件が合ったのでしょうか。
 右の写真の長ナスは30cm近くあります。先日、数日開けて岡山から帰省した際には、長さ50cm、太さ5cmを超えるものも収穫しました。ほとんど月刊「ムー」にある未確認生物です。

 むろん、自然の恵みと思えば有難いことですが、まだしばらくナスざんまいの食生活が続きそうです。

2023年9月4日(月)の明け方は強い雨。… 続きを読む

【豆知識274】人口等の東京圏への一極集中

1923年9月1日(土)11時58分、相模湾北西部を震源としマグニチュード7.9と推定される関東大地震が発生しました。埼玉、千葉、東京、神奈川及び山梨県では震度6を観測し、昼食の時間と重なったこともあり多くの火災が起ったため、死者・行方不明者は約10万5千人(うち東京7万人、神奈川3万3千人)に及ぶなど甚大な被害がもたらされました。

被害が甚大となった要因の一つとして、東京等に人口が過度に集中していたことがあるとされています。
 添付先のグラフは、全国及び東京圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)の人口(棒グラフ)及び全国の人口、GDP、耕地面積に占める東京圏のシェア(折れ線グラフ)の推移を示したものです。
 https://food-mileage.jp/wp-content/uploads/2023/08/274_shuchu.pdf

関東大震災の前年(1922年)の日本の総人口は約5千7百万人で、うち東京圏には約8百万人と14%が居住していました。このシェアは関東大震災、終戦の時期を除いて現在まで一貫して上昇しており、2020年には29.3%(総人口1億2,600万人、東京圏3,700万人)へと上昇しています。… 続きを読む

【ブログ】徳冨健次郎『みみずのたはこと』(都会と田舎)

関東大震災から100年目に先立つ2023年8月29日(火)、東京・世田谷の芦花公園を訪ねました。

熊本・水俣生まれの徳冨健次郎(蘆花)は、明治二二(1889)年に上京してベストセラー作家として活躍、同四十(1907)年二月、農的生活にあこがれて青山から東京府北多摩郡千歳村大字粕谷(現・世田谷区粕谷)に転居しました。
 その時の生活の様子は、随想集『みみずのたはこと』に綴られています。

 残念ながら岩波文庫版は絶版となっていますが、幸い、青空文庫続きを読む

【ブログ】ぶらり歴史散歩~岡山路(1/2)

久しぶりに岡山へ。
 40年ほども前ですが、大学時代の4年間を過ごした地であり、妻の実家もあります。

2023年8月18日(金)の終業後はJR東京駅へ。
 台風7号の接近・通過に伴って前日までダイヤが大幅に乱れていた東海道新幹線も、この日は平常運転で一安心。駅はUターンで混雑していますが、博多行き18時12分発のぞみ57号には空席も。
 大きな焼き鯖のお弁当とビール。21時25分定刻に岡山着。タクシーで妻の実家へ。… 続きを読む

【ほんのさわり273】阮 蔚『世界食料危機』

−阮 蔚『世界食料危機』(2023.9、日経プレミアシリーズ)−
 https://bookplus.nikkei.com/atcl/catalog/22/08/08/00308/

著者(るあん・うえい氏)は中国・湖南省生まれ。上海外国語大学日本語学部を卒業し上智大学大学院で経営学修士を修了。現在は農林中金総合研究所の理事研究員を務めておられます。
 著者は農業調査のために世界を回る中で、アメリカ等の大規模で工業化された農業と、途上国などの零細個人農家の間に埋めがたい格差があることに気付きました。… 続きを読む

【オーシャン・カレント273】スプーン(平和祈念展示資料館)

去る8月13日(日)、東京・新宿にある平和祈念展示資料館を初めて訪ねてみました。
 企画展「43人が描く空想未来漫画『2100年8月15日』」と、漫画を描くワークショップが開催中(10月1日まで)で、小さな子どもを連れた家族連れ等が多数来場していました。
 シベリアの収容所で乏しい黒パンを切り分けている場面を描いたジオラマは、抑留者たち全員の目がその手元を見つめています。来場者の男の子も、真剣な表情で眺めていました。

特に印象に残ったのが、数多くのスプーンなど食器の展示でした。
 抑留者たちは、いつの日か故郷に帰り、腹いっぱい食べることを信じて食器を手作りすることで、明日への生きる望みをつないでいたそうです。… 続きを読む

【豆知識273】米の生産・消費量と食料自給率の推移

戦中戦後は、日本の歴史上もっとも深刻な飢餓に見舞われた時代でした。
 米は1941年4月に配給制に移行し、成人の配給量は一人一日当たり二合三勺 (約330g)と定められました。これを1年間に換算すると約120kgになります(1945年には約108kgに削減)。
 遅配・欠配が常態化していたとはいえ、実はこの量は、現在の米消費量(50kg超)の2.3倍に当たります。それでも、多くの戦災孤児等が飢えて亡くなっていきました。
 添付先の折れ線グラフにあるように、米の消費量は、現在まで一貫して減少しています。… 続きを読む